池澤夏樹の『いつだって読むのは目の前の一冊なのだ』(池澤夏樹著、作品社)に唆されて、『ダーウィンの夢』(渡辺政隆著、光文社新書)を手にしました。
本書では、ダーウィンの進化論の核心が、あの手この手を使って説明されています。
「進化は、擬人法や目的論で語るとわかりやすい。しかしそこには大きな落とし穴もある。そこでダーウィンが持ち出した原理が自然淘汰だった。自然淘汰が作用する先に目的はない。ただ、生存繁殖率の違いがあるのみである。すなわち、たまたま利点をそなえたものが生き残り、その性質を子孫に伝えていく。その結果を後知恵で振り返れば、あたかも『見えざる手』が導いたかのような調和がもたらされる。そこではたらくのは、必ずしも競争原理だけではない。(水中から陸上への移行を成し遂げた、腕立て伏せのできる魚)ティクターリクの生き方のように、競争を避ける方向もありうる。新しい生き方が一つ増えれば、新しいニッチも生まれる」。
「生物進化の物語では、いったん絶滅した種族が再び現われることはない。生物の進化は枝分かれの物語であり、後戻りはできないからだ。現在の生物は、枝分かれを繰り返しながら、細枝であれ、なんとか保たれてきた血族の末裔なのだ。このことを見抜き、定式化したのが、誰あろうダーウィンだった。『地質学原理』を初めて読んだ時点のダーウィンは、まだ進化論者ではなかった。そのときの彼は、故郷の土手や庭に息づくさまざまな生きものたちが生を謳歌しているのは神の恩寵であると信じていた。もっとも、(『地質学原理』の著者)ライエルとて、進化論者ではなかった。ライエルが創造論者から進化論者に転向するのは、ダーウィンの『種の起源』発表以後のことであり、まだ遠い先の話だった。(ビーグル号の)最初の寄港地ブラジルに上陸したダーウィンは、初めて足を踏み入れた熱帯の自然の多様性に度肝を抜かれる。そこには、イギリスの自然では考えられないような生命の躍動があった。ダーウィンは陶然たる心持ちに浸る。『なぜこれほど多様な生物が存在するのか?』。それ以後のダーウィンを終生にわたって突き動かす大いなる疑問が湧いた瞬間だった。その後もダーウィンは、イギリスでは望めない驚きの体験を重ねていった。絶滅した巨大哺乳類化石の発掘、大河を隔ててすみ分けている2種類のレア(南アメリカにすむダチョウの仲間)、火山の噴火、巨大地震、アンデス山中での化石木(珪化木)との遭遇などである。すべては、たまたまビーグル号に乗船したおかげだった」。
「ダーウィンがビーグル号に乗船していなかったとしたら、歴史はどうなっていただろう。ビーグル号に乗船していたとしても、『地質学原理』を携えていなかったとしたら、どうだっただろう。あるいは、白亜紀末の大量絶滅で哺乳類が死滅していたとしたら、地球はどうなっていただろう。歴史にはたくさんの『イフ』が入り込む余地がある。いうなれば、無限通りの可能性が秘められたロールプレイングゲームのようなものだ。ゲームなら何度もやり直しがきくが、実際の歴史はやり直しがきかない。ラマルクの進化理論は、進化には方向性があるとの謂を含む考え方だった。一方、ダーウィンの進化理論は偶然の役割を重視する。進化の行方はどこに転がるかわからないというのだ。これは、考え方によっては虚無的で救いのない考え方である。なにしろ、この世は調和に満ちた世界などではなく、一寸先は闇だといっているに等しいのだから。ダーウィンの思想は危険だと表現した哲学者がいたが、まさにその通りというべきだろう。季節は巡るが運命は定まらない。われわれは、どこから来てどこへ行こうとしているのか。人々の惑いが始まった。ダーウィンが扉を開けた世界は、人々に否応なく人生の意味を自問させる世界だった」。
「ダーウィンの答は、『ヒトはすべての生きものと同じ祖先から来て、どこへ行くとも知れない』だった。不安なメッセージととるのはたやすいが、可能性は無限に広がっているという見方もできる。ともあれ命の絆は。かれこれ36億年以上もつながってきたのだから」。
巻末近くの「人類のショートジャーニー」の章では、研究の最新成果を踏まえて、人類の誕生以降の歴史が要領よくまとめられているので、私たちの知識を整理するのに役立ちます。
練達のサイエンス・ライター渡辺政隆の面目躍如の一冊です。

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ダーウィンの夢 (光文社新書 451) 新書 – 2010/3/18
渡辺 政隆
(著)
ダーウィンの夢、それは「生物はなぜ多種多様に進化したのか」を明らかにすること――。36億年の生命史を近年の研究成果から辿り、ダーウィンが知り得なかった進化の謎を解く。
- 本の長さ228ページ
- 言語日本語
- 出版社光文社
- 発売日2010/3/18
- ISBN-104334035558
- ISBN-13978-4334035556
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商品の説明
著者について
渡辺政隆(わたなべまさたか)
一九五五年生まれ。東京大学大学院修了。サイエンスライター。独立行政法人科学技術振興機構科学コミュニケーションエキスパート、日本大学芸術学部・奈良先端科学技術大学院大学・和歌山大学の客員教授などを兼務。専門は科学史、進化生物学。著書に『ガラガラヘビの体温計』(河出書房新社)、『シーラカンスの打ちあけ話』(廣済堂出版)、『DNAの謎に挑む』(朝日選書)、『一粒の柿の種』(岩波書店)、翻訳書に『ワンダフル・ライフ』(早川書房)、『進化大全』(光文社)、『種の起源』(光文社古典新訳文庫)など多数。
一九五五年生まれ。東京大学大学院修了。サイエンスライター。独立行政法人科学技術振興機構科学コミュニケーションエキスパート、日本大学芸術学部・奈良先端科学技術大学院大学・和歌山大学の客員教授などを兼務。専門は科学史、進化生物学。著書に『ガラガラヘビの体温計』(河出書房新社)、『シーラカンスの打ちあけ話』(廣済堂出版)、『DNAの謎に挑む』(朝日選書)、『一粒の柿の種』(岩波書店)、翻訳書に『ワンダフル・ライフ』(早川書房)、『進化大全』(光文社)、『種の起源』(光文社古典新訳文庫)など多数。
登録情報
- 出版社 : 光文社 (2010/3/18)
- 発売日 : 2010/3/18
- 言語 : 日本語
- 新書 : 228ページ
- ISBN-10 : 4334035558
- ISBN-13 : 978-4334035556
- Amazon 売れ筋ランキング: - 627,610位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,942位光文社新書
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2020年4月1日に日本でレビュー済み
2017年3月10日に日本でレビュー済み
著者はサイエンスライター。とくに進化の問題に詳しく、関連の著作・翻訳も多い。
本書は、バージェス頁岩の露頭を訪ねるシーンから始まっている。カンブリア紀の怪物たちが掘り出されている現場だが、こんなにも厳しい環境下にあったとは。研究者たちの苦労が垣間見える。
その後は、おおよそ歴史順に進化の道筋が紹介されていく。わりあいと知られた話が多いが、最新の研究成果や、知られざるエピソードなども詰め込まれており、飽きずに最後まで読むことができた。
ラストは人類の進化について。だいぶ複雑かつ特殊な道のりだったことが分かってきたようだ。
本書は、バージェス頁岩の露頭を訪ねるシーンから始まっている。カンブリア紀の怪物たちが掘り出されている現場だが、こんなにも厳しい環境下にあったとは。研究者たちの苦労が垣間見える。
その後は、おおよそ歴史順に進化の道筋が紹介されていく。わりあいと知られた話が多いが、最新の研究成果や、知られざるエピソードなども詰め込まれており、飽きずに最後まで読むことができた。
ラストは人類の進化について。だいぶ複雑かつ特殊な道のりだったことが分かってきたようだ。
2013年7月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
とっても気に入りました、出荷もスムーズに梱包も問題なし、ファイブスター!!!!!!!!!!!!!!
2010年5月25日に日本でレビュー済み
生命科学への旅はバ−ジェスから始まった。そして、カンブリア劇場・生命の大爆発、進化のブリコラ−ジュ。
生命の起源、生物多様性のふしぎ。ダ−ウィンの進化理論に最新の進化発生学、分子生物学からの知見をミックスし、サイエンスライタ−・渡辺政隆流に味付けされたユ−モアとエスプリに富んだ文章が、読み手に説得力をもって生命進化の姿を提示する。
「ヒトってなにもの?」、「カンブリアの海生物を見てみたい!」・・・。読み進むうちに科学のおもしろさにぐいぐいと引き付けられる。
学生諸君の科学離れが危惧される昨今、「生物学・生命科学がとても楽しくなる。」そんな1冊である。
生命の起源、生物多様性のふしぎ。ダ−ウィンの進化理論に最新の進化発生学、分子生物学からの知見をミックスし、サイエンスライタ−・渡辺政隆流に味付けされたユ−モアとエスプリに富んだ文章が、読み手に説得力をもって生命進化の姿を提示する。
「ヒトってなにもの?」、「カンブリアの海生物を見てみたい!」・・・。読み進むうちに科学のおもしろさにぐいぐいと引き付けられる。
学生諸君の科学離れが危惧される昨今、「生物学・生命科学がとても楽しくなる。」そんな1冊である。
2012年12月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ダーウィンの著作同様、人間の不条理性を感じさせる本である。神仏の必要性を思わざるをえない。宇宙から地球を見ている気分になる。
2012年2月26日に日本でレビュー済み
本書は進化生物学を専門とする1955年生まれのサイエンスライターが、2010年に刊行した本である。生命誕生(近年、酸素の無い海底熱水噴出孔での一回性の誕生説が有力)は38〜36億年ほど前と見られるが、その後シアノバクテリアのような光合成細菌の登場で酸素が増加し、好気性細菌やオゾン層が出現した。これらの細菌では種の境界が曖昧であり(粘菌類もフェイズの柔軟な使い分けをしている)、細胞内共生を通じて多細胞化(細胞間分業)への道が開かれたと見られる。ただし性の進化の原因は謎である。5億年前のカンブリア紀には硬い殻をもつ奇妙な動物(おそらく肉食)が爆発的に進化し、生態系の中で新しい生態的地位を開拓していった。DNAの研究によれば、現在の地球に生息する生物を構成する遺伝子はこの頃にはすでにほぼ出揃い、その後に生じた変化は手持ちの素材の使い回しにすぎなかったらしい。具体的には、遺伝子には構造遺伝子と調節遺伝子があり、後者に関わる少数の遺伝子が突然変異の原因となるようだ。その後、生命は顎や腕を発達させ陸上に進出し、恐竜の時代を迎える。恐竜温血説により、小型恐竜における羽毛の発達が説明され、それが複数の用途を果たした後、鳥類が飛翔能力を獲得したと見られる。隕石落下を契機とした恐竜滅亡の後、類人猿が発展してゆくが、チンパンジーやゴリラ、ネアンデルタール人などは現生人類の祖先ではなく、共通の祖先から分かれた仲間であるにすぎない。このように、進化とは目的論的ではなく偶然の自然淘汰(競争原理や棲み分け原理)の産物であり(その結果を後智恵で振り返れば見えざる手が導いたように見える)、多くの種の絶滅や思わぬ欠陥も生じているが、ダーウィンは進化という物語を踏まえた生命観には荘厳さがあると初めて唱え、著者もそれに共感を隠さない。
2011年2月6日に日本でレビュー済み
この本は、著者が独自の理論を述べているわけではないが、長い長い進化の歴史を分かりやすくまとめているので快く読める。私にとっては目あたらしい内容は少なかったが、ダーウィンをはじめとする科学者たちのエピソードからは、著者が科学の面白さを伝えようとしていることが窺える。初めて進化の本を読もうとする人はこれを選ぶといいだろう。
2010年5月5日に日本でレビュー済み
「ダーウィンの夢」は、生物進化を証明する化石証拠や遺伝の実相でした。渡辺政隆の夢は進化を研究すること、いやむしろ“進化の物語を語ること、紡ぐこと”だそうです。したがって、ダーウィンの夢を語ることは著者・渡辺政隆の夢を語ることになります。そんな風に語り始められた生物の進化史を要約するこの試みは、光文社のPR誌「本が好き!」に連載されました。
生命の起源、原核生物と真核生物、単細胞生物と多細胞生物などはダーウィンが扱えなかった生物の歴史です。エディアカラ動物群やカンブリア爆発を表すバージェス動物群の位置づけ、そしてエボデボ革命がもたらした調節遺伝子や突然変異の重要性もまたダーウィンが知らなかった、しかし夢見ただろう進化の実相です。魚類や両生類、鳥類の進化に関しては、ダーウィンは比較解剖学を駆使して器官の転用とブリコラージュ(器用仕事)という原理を導き出していました。また、哺乳類や人類の進化は生態劇場で演じられる劇にたとえられます。
筆致は軽いのですが、ある程度、「進化」の関連本(たとえば光文社から出版されている『「進化」大全』)で予備知識を得ていないと本当には理解できないのではないかと思うところがありました。津田塾大学の創始者・津田梅子が発生学者時代のモーガンと共同研究そして共著論文を発表していたなんて知りませんでした。こんなフリや『1Q84』や『崖の上のポニョ』などの引用を楽しむ読書人は満足できると思います。
生命の起源、原核生物と真核生物、単細胞生物と多細胞生物などはダーウィンが扱えなかった生物の歴史です。エディアカラ動物群やカンブリア爆発を表すバージェス動物群の位置づけ、そしてエボデボ革命がもたらした調節遺伝子や突然変異の重要性もまたダーウィンが知らなかった、しかし夢見ただろう進化の実相です。魚類や両生類、鳥類の進化に関しては、ダーウィンは比較解剖学を駆使して器官の転用とブリコラージュ(器用仕事)という原理を導き出していました。また、哺乳類や人類の進化は生態劇場で演じられる劇にたとえられます。
筆致は軽いのですが、ある程度、「進化」の関連本(たとえば光文社から出版されている『「進化」大全』)で予備知識を得ていないと本当には理解できないのではないかと思うところがありました。津田塾大学の創始者・津田梅子が発生学者時代のモーガンと共同研究そして共著論文を発表していたなんて知りませんでした。こんなフリや『1Q84』や『崖の上のポニョ』などの引用を楽しむ読書人は満足できると思います。