『けいおん!』に似ている・・・、設定がめちゃくちゃだ・・・云々。様々な批判を一部受けている作品ですが、奥深い内容があるだけに一般受けせず、過小評価されやすいのだと思います。しかし、これは真の意味で素晴らしいアニメーション芸術。
まず『けいおん!』との類似点ですが、基本的に登場人物たちの容姿や言動は全く異なります。またテーマも『けいおん!』が平穏な日常を描いていたのに対し、『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』は一歩間違えば戦争勃発という緊迫感を漂わせているところが著しく違います。次に設定の問題ですが、本編は近未来ファンタジーであることを前提としていますので、いかなる表現も自由自在に駆使されてしかるべきでしょう。“ヨーロッパらしきところ”で“日本語らしき文字”が使われていたという設定や、“ヨーロッパの祭礼らしき行事”に“日本のお盆らしき習慣”がとり入れられているあたりなどは現実には絵空事のように思えるのですが、むしろこうした絵空事が象徴性豊かに活用されているあたりにクリエイターの豊かな感性を見てとることが出来ます。日本語とそっくりなイデア文字や、お盆らしき風習は、言語を違える異民族同士の共存を示唆する世界観や、亡き愛する人へ哀悼の念を表することの普遍的な大切さをそれぞれ意味する説得力あるメタファーとして解釈されるべきかと。また、最果ての地に配属された女性だけの小隊が、その地に伝わる救国の乙女たちを語り継ぐ聖なる伝説と重ね合わされているというロマンティックな設定も味わい深いですし、しばしば重視される音というメディアが全人類共通の言語をシンボライズしているというのもいい。諸々の意味で、人間文化を感慨深く表象しているところに共感を覚えるのです。
本編の核となる内容はそれに増して素晴らしい。隣国である正統ローマ帝国と休戦状態にあるヘルベチア共和国が舞台。トロワ州の辺境の田舎町セーズの守りである「時告げ砦」に住むたった5人の若い女性兵の生活を中心とした物語。戦闘で戦友を全員失うという壮絶な過去を背負うフィリシア隊長、高貴な血筋を受け継ぎながら複雑な生い立ちを持つリオ曹長の2人をリーダーに、元気で勝気な孤児の娘クレハ二等兵、天才的発明技術を持つ寡黙な少女ノエル伍長ら第1121小隊の面々が「時告げ砦」の住人。そこへラッパを吹くことが大好きで明朗快活な女の子カナタ二等兵が新兵として着任してきます。厳しい軍隊生活が待っていると思いきや、「時告げ砦」の乙女たちはまるで家族のように温かくカナタを迎え入れてくれるのでした。とはいうものの、世は厳しい戦の最中。しかも自分たちはれっきとした軍人であることをカナタたちは厳然たる事実として受け止めていきます。そこでフィリシアとリオは後輩たちに、軍人として、そしてそれ以上に人間としての大切なことを優しく、そして時には厳しく教えていきます。こうした交流の描写が素晴らしい。「この子たちには私と同じ思いは絶対させたくない」と微笑むフィリシア、「上官や先輩は後輩に迷惑をかけられるためにいるんだよ」とカナタを優しく諭すリオ。先輩たちの後輩たちに対する愛情がひしひしと伝わってくる場面の数々が愛おしい。後進に伝えることとは、教えることとはまさしくかくあるべき。そんな、とても大切なことが日常の描写を通して自然に盛り込まれているところが秀逸。また、個性豊かな後輩三人組が、ぶつかり合いながら、いたわり合いながら固い絆で結ばれ共に成長していくさまも微笑ましい。
ほのぼのとした日常も途切れ、いずれ事態はきな臭い展開を見せていきます。揺らぐ休戦協定。祖国の危機に瀕し運命と向き合うリオ。ローマ軍の傷ついた少女兵を救ってかくまうクレハとカナタ。過去に怯えるノエル。隊長として決断を迫られるフィリシア。それまで心穏やかに暮らしてきた第1121小隊に試練の時が訪れます。しかし、困難に直面しても隊員たちは決して心をおろそかにせず「軍人として、そしてそれ以上に人間として、何を成すべきなのか」ということをそれぞれに迷いながら見極め一致団結して行動に移していきます。ほのぼのした雰囲気だけを誇張せずに、現実の厳しさをも盛り込んだ展開が非常にパランスよく、物語をより味わい深いものにしています。戦わない軍隊、攻撃することの無い軍隊。そう、「時告げ砦」の乙女らが選んだのは“平和を願う人々の優しい思いを守る軍隊”になることだったのです。彼女たちのひたむきでまっすぐな姿から、殺伐とした状況下でも思い次第で不可能なことはないという希望に満ちた光が溢れてくる・・・。
陰影濃く繊細で美しい絵、大島ミチルさんによる哀愁を帯びた楽曲も作品を一層素晴らしいものに仕立てています。神々しくもあるOPの曲と、底抜けに明るいEDの曲も共にこの作品の魅力をよく表していて納得。
本巻は、カナタと仲間たちが「世界の果て」を目の当たりにするエピソードを含んでいます。人知れず敵軍の侵入から町を守ってくれていた苔むした無人探知機に感謝を込めて敬礼するカナタたち。それが『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』の深さ、優しさ。
生きることの愛おしさ、慈しむことの素晴らしさ、思いを守ることの尊さを感動的に伝えてくれる極めて美しい傑作アニメーション。それがこの『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』。音色麗しき『アメージンググレース』が貴方の心にも響きますように・・・・。