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米朝・上岡が語る昭和上方漫才 単行本 – 2000/6/1
- 本の長さ366ページ
- 言語日本語
- 出版社朝日新聞出版
- 発売日2000/6/1
- ISBN-104022575220
- ISBN-13978-4022575227
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商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
桂米朝と上岡竜太郎という漫才の世界を見続けてきた二人が、これまでの上方漫才についていろいろなテーマで話し合う。夢路いとし・喜味こいしを迎えての座談会も収録する。
登録情報
- 出版社 : 朝日新聞出版 (2000/6/1)
- 発売日 : 2000/6/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 366ページ
- ISBN-10 : 4022575220
- ISBN-13 : 978-4022575227
- Amazon 売れ筋ランキング: - 191,344位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 192位落語・寄席・演芸 (本)
- - 748位演劇 (本)
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2013年8月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
大ファンである米朝と知性派の上岡のふたりのしゃべりは、期待通りでした。
2008年8月10日に日本でレビュー済み
亡くなった横山ノックさんは、晩年?はともかく、元々は人気漫才トリオ「漫画クラブ」の一員として一世を風靡した人であった。
最近では、2003年に夢路いとしさんも亡くなっている。品の良い、正統派?のしゃべくり漫才師であった。
彼等はいずれも、昭和50年代頃までの上方漫才の中核を担った英才たちであった。
本書は、上述の漫画トリオの一員であった上岡龍太郎、そして上方落語の元老、桂米朝の両氏が(ゲストとして夢路いとし・喜味こいし)、昭和の(末期漫才ブーム以前)上方漫才を語り尽くそうという企画である。
僕がまだ小学生だった頃、週末の昼間の関西のTV番組は、漫才、落語、喜劇のオンパレードであった。
梅田花月、新京極花月、道頓堀角座等々の演芸場からは、さまざまな色あいの(必ずしも華麗とは言えないものも少なからずあったが)笑いの光線が放射されていたのである。
平和ラッパ・日佐丸、上方柳次・柳太、海原お浜・小浜、若井はんじ・けんじ、かしまし娘、宮川左近ショウ、島田洋介・今喜多代・・・・。こうした人々がアブラの乗り切っていた時代で、Wヤングや横山やすし・西川きよし、海原千里・万理なんかが売り出し中の若手たちであった。
本書ではこれらの人々、もしくはそれ以外、エッ?こんなヒトもおったんかいな!的漫才師たちの魅力が、上岡&米朝両氏の絶妙のやりとりによって余すところなく語られている。
そう、両氏のやり取りそのものが、既に上方漫才的であり、語る言葉1つ1つが正しい昭和の上方コトバ、つまり昭和上方文化そのものなのである。
誇り高き関西人よ、本書を手にして自らの文化の底流を再認識すべし!!!
最近では、2003年に夢路いとしさんも亡くなっている。品の良い、正統派?のしゃべくり漫才師であった。
彼等はいずれも、昭和50年代頃までの上方漫才の中核を担った英才たちであった。
本書は、上述の漫画トリオの一員であった上岡龍太郎、そして上方落語の元老、桂米朝の両氏が(ゲストとして夢路いとし・喜味こいし)、昭和の(末期漫才ブーム以前)上方漫才を語り尽くそうという企画である。
僕がまだ小学生だった頃、週末の昼間の関西のTV番組は、漫才、落語、喜劇のオンパレードであった。
梅田花月、新京極花月、道頓堀角座等々の演芸場からは、さまざまな色あいの(必ずしも華麗とは言えないものも少なからずあったが)笑いの光線が放射されていたのである。
平和ラッパ・日佐丸、上方柳次・柳太、海原お浜・小浜、若井はんじ・けんじ、かしまし娘、宮川左近ショウ、島田洋介・今喜多代・・・・。こうした人々がアブラの乗り切っていた時代で、Wヤングや横山やすし・西川きよし、海原千里・万理なんかが売り出し中の若手たちであった。
本書ではこれらの人々、もしくはそれ以外、エッ?こんなヒトもおったんかいな!的漫才師たちの魅力が、上岡&米朝両氏の絶妙のやりとりによって余すところなく語られている。
そう、両氏のやり取りそのものが、既に上方漫才的であり、語る言葉1つ1つが正しい昭和の上方コトバ、つまり昭和上方文化そのものなのである。
誇り高き関西人よ、本書を手にして自らの文化の底流を再認識すべし!!!
2005年9月4日に日本でレビュー済み
出てくる芸人さんは戦前の昭和から戦後テレビが普及するまでの人たちが大半で知らない人ばかりだが、桂米朝さんと上岡竜太郎がうまく紹介しているので退屈しない。当時の上方寄席芸人の気風が伝わってくる。後半夢路いとし・喜味こいし師匠が加わって、当時の思い出話で盛り上がる。
上方芸能史として貴重な一冊。
上方芸能史として貴重な一冊。
2023年6月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
上方漫才について対話するとき、実際にその数々を目撃し、視聴していなくてはなりません。お二方ともに極めて若い頃から実際に上方漫才をみておいでです。
米朝氏は、落語に関する研究で世に知られている方でしたが、あわせてきちんと漫才についても知見をもっていらして、この対談でも思う存分記憶している内容を開陳されておいでです。
上岡氏は、自身が漫才をされていた方です。巻頭「まえがき」にいわく、
「昭和三十五年十一月に私は漫画トリオというトリオ漫才の一員として、漫才の世界に足を踏み入れました。漫才という芸質は、近代漫才の基礎を作った横山エンタツ・花菱アチャコという大先輩から中田ダイマル・ラケット、夢路いとし・喜味こいしという諸先輩に至るまで基本的には二人一組で世界を作る芸能だということです。それに対し、我々漫画トリオという漫才は、その伝統的な二人漫才をしっかりと見据えることによって、逆に三人でしか出来ない漫才を創作してゆくことを目標といたしました。」
そうだったのですか、と相槌をうって、やはりわからない余しがあります。当然で、それはすでに米朝師匠による論説、なかには、いまや文庫本ででも読むことが可能なものもあるのですが、上方落語について感じていた未消化感でもあります。知らないでいて当然のものです。
その余しがある場合、だからこそ敬遠する話題もありますが、本書にあっても、上方落語についてと同様に、こちらは、余しがあって当然の態度で読み進めていきます。人名は知っているが、漫才をみたこともきいたこともない方々もあります。でも、よみごたえがあるのです。
先達の両者を得て、さいわいでした。
まえがき 上岡龍太郎氏
第一部 米朝・上岡が観た上方漫才史
漫才との出会い
幕内としての漫才考
戎橋松竹・歌舞伎地下演芸場・京洛劇場
千日劇場
角座・神戸松竹座
新花月
うめだ花月・京都花月・なんば花月
第二部 夢路こいし・喜味こいしさんを巡る上方漫才史
入門・荒川芳博・芳坊時代
京都新京極・富貴専属時代
奇術師の失敗談
恩師・秋田實
NHK『上方演芸会』
MZ研進会
宝塚新芸座
上方演芸から大宝芸能へ
コマモダン寄席・トップ・ホットシアター
いとこい漫才の周辺
あとがき 桂米朝氏
中田ダイマル・ラケット小論 ~編集後記にかえて~ 加納健男氏
1 ダイマル・ラケット略歴
2 ことばの探偵
3 ダイラケサウンド覚え書き
4 会話芸の極致『僕の時計(時計の行方)』
5 無邪気三昧『僕と君の恋人』(『目下恋愛中』とも)
のうちわけです。
米朝氏は、落語に関する研究で世に知られている方でしたが、あわせてきちんと漫才についても知見をもっていらして、この対談でも思う存分記憶している内容を開陳されておいでです。
上岡氏は、自身が漫才をされていた方です。巻頭「まえがき」にいわく、
「昭和三十五年十一月に私は漫画トリオというトリオ漫才の一員として、漫才の世界に足を踏み入れました。漫才という芸質は、近代漫才の基礎を作った横山エンタツ・花菱アチャコという大先輩から中田ダイマル・ラケット、夢路いとし・喜味こいしという諸先輩に至るまで基本的には二人一組で世界を作る芸能だということです。それに対し、我々漫画トリオという漫才は、その伝統的な二人漫才をしっかりと見据えることによって、逆に三人でしか出来ない漫才を創作してゆくことを目標といたしました。」
そうだったのですか、と相槌をうって、やはりわからない余しがあります。当然で、それはすでに米朝師匠による論説、なかには、いまや文庫本ででも読むことが可能なものもあるのですが、上方落語について感じていた未消化感でもあります。知らないでいて当然のものです。
その余しがある場合、だからこそ敬遠する話題もありますが、本書にあっても、上方落語についてと同様に、こちらは、余しがあって当然の態度で読み進めていきます。人名は知っているが、漫才をみたこともきいたこともない方々もあります。でも、よみごたえがあるのです。
先達の両者を得て、さいわいでした。
まえがき 上岡龍太郎氏
第一部 米朝・上岡が観た上方漫才史
漫才との出会い
幕内としての漫才考
戎橋松竹・歌舞伎地下演芸場・京洛劇場
千日劇場
角座・神戸松竹座
新花月
うめだ花月・京都花月・なんば花月
第二部 夢路こいし・喜味こいしさんを巡る上方漫才史
入門・荒川芳博・芳坊時代
京都新京極・富貴専属時代
奇術師の失敗談
恩師・秋田實
NHK『上方演芸会』
MZ研進会
宝塚新芸座
上方演芸から大宝芸能へ
コマモダン寄席・トップ・ホットシアター
いとこい漫才の周辺
あとがき 桂米朝氏
中田ダイマル・ラケット小論 ~編集後記にかえて~ 加納健男氏
1 ダイマル・ラケット略歴
2 ことばの探偵
3 ダイラケサウンド覚え書き
4 会話芸の極致『僕の時計(時計の行方)』
5 無邪気三昧『僕と君の恋人』(『目下恋愛中』とも)
のうちわけです。