本書はとても興味深く、とても有意義な読書でした。
本書を楽しんで読む上で、次のことを行う必要があります。
1.アフォリズムという特殊な文体のため、他のウィトゲンシュタインの本やニーチェの著作などを読んで文体に慣れておくこと。
2.MS136 117a: 15.1.1948といった具合に、メモが書かれた年が書かれています(この場合は1948年)。光文社の『論考』巻末の年譜などを見ながら、ウィトゲンシュタインの人生でどんなことがあり、メモの内容にどのように影響しているか見てみる。
3.特にマルカム著の『ウィトゲンシュタイン』やちくま学芸文庫の『ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い10分間の大激論の謎』の2冊は本書を読む前には必読。いくつかのエピソードが本書に出てきます。
例えば
「長い序は危険だ」(P38 )
これは『論考』のラッセルの序文のことを言っているのでしょう。そして「ある人にむかって、その人の理解できないことを言うのは、ナンセンスである。『あなたにはわからないだろうが』とつけ加えるとしても」(P39)。このエピソードは1929年1月にラッセルとムーアが口頭試問をウィトゲンシュタインに行う際にウィトゲンシュタインが大先輩の2人に言った失礼な一言として『10分間の大激論』で紹介されています。
「このコブを、君の身体の正常な部分とみなしたまえ」(P56)
やはり『10分間の大激論』でポパーもウィトゲンシュタインも自分がユダヤ人であったことにコンプレックスをもっていたと紹介されています。
「ゲーテが本当に見つけたかったのは、生理学的な色彩理論ではなく、心理学的な色彩理論だったのではないだろうか」(P73)
「白が黒になると、『あいかわらず結局おなじではないか』という人がいる」(P123)
「色は、われわれに哲学する気にさせる」(P185)
1950年、51年に『色彩について』が書かれていますが、すでにそのアイデアがいくつかメモの形で現れています。
「誰かが家でピアノを弾いていると、私は不安になる」(P178)
マルカムの『ウィトゲンシュタイン』にうるさいピアノの音に対するウィトゲンシュタインの驚くべき狂人的対応が紹介されています。
いくつかのウィトゲンシュタインの本を読むことで、そこにあるエピソードが本書で結び合い、面白さを一層引き立ててくれます。
またP192~194にある「音楽を理解すること」「音楽を説明すること」とはどういうことか?という疑問はとてもウィトゲンシュタインらしく、「色とは何か」という疑問に結びつく、彼独特の思想が伺えます。
また本書を読み、ウィトゲンシュタインがフロイトやシュペングラーを読んでいて、批判的に見ていたことがわかりました。意外でした。
もう一度言いますが、本書は読み方があります。何も知らないまま読んでも、恐らく楽しむことはできないかと思います。基礎知識をもってから読むべきです。
そして最後にとても興味深いことが書かれていることをここに書きます。P65に『論考』のキモが簡単にわかりやすく書かれています。『論考』を読まれる前にここを読まれることをお勧めします。

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反哲学的断章: 文化と価値 単行本 – 1999/7/1
- 本の長さ257ページ
- 言語日本語
- 出版社青土社
- 発売日1999/7/1
- ISBN-104791757327
- ISBN-13978-4791757329
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商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
透徹した知性と炎の情熱で、既成概念を粉砕し、現代思想を方向づけたヴィトゲンシュタインの思索の核心をついた、彼自身による格好のヴィトゲンシュタイン案内。95年刊の改訂新訳。
登録情報
- 出版社 : 青土社 (1999/7/1)
- 発売日 : 1999/7/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 257ページ
- ISBN-10 : 4791757327
- ISBN-13 : 978-4791757329
- Amazon 売れ筋ランキング: - 330,874位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 316位ドイツ・オーストリアの思想
- - 553位西洋哲学入門
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2020年1月27日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2021年10月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本の詳細な内容は他のレビューを参考にしてください。補説すればマーラー、ブルックナー、メンデルスゾーン、シェイクスピアなどにも言及している。論理哲学論考や哲学探究、ラストライティング等に比べて格段に読みやすい。私は一晩で読み終えた。これ一冊でウィトゲンシュタイン哲学を理解できるとは思えないが副読本としては理想的ではないか?いずれにしても面白いのでお勧めです。
2019年8月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ウィトゲンシュタインは手稿を大判ノートに書き記し、それをタイプ原稿に起こし、活字原稿にして完成させた。こうしたウィトゲンシュタインの原稿作成の詳しいテキストクリティークについては、鬼界彰夫『ウィトゲンシュタインはこう考えた』(講談社現代新書)が詳しい。
本書は、ウィトゲンシュタインの手書き原稿を収録している。ウィトゲンシュタインの哲学的思考の原型を知ることが出来る。翻訳も優れている。
本書の特徴として、論理哲学として言語をもって「語り得ないもの」について言及していることがある。神や倫理、宗教、言語ゲームの規則が該当するが、手稿153aでは、「ブルックナーは内なる耳だけで演奏するオーケストラを想像しながら作曲し、…」と記載されている。ブルックナーの音楽的本質を見事に捉えていると思う記述である。これこそ「語り得ぬもの」ではないか?
そもそも芸術的言語は、論理哲学で表現出来る世界を超越している。規則を定めるのが困難なのが芸術的言語なのである。文脈・状況も芸術家本人にしかわからない。つまり、芸術的言語の規則はブルックナーの「内なる耳」にしかない。これをオーケストラの演奏を通して理解するのは、聴く者の感性である。断章であるからこそ、自由自在に語れるのだ。『論考』や『探究』を読んだ人が読みたくなる本だ。お勧めの一冊だ。
本書は、ウィトゲンシュタインの手書き原稿を収録している。ウィトゲンシュタインの哲学的思考の原型を知ることが出来る。翻訳も優れている。
本書の特徴として、論理哲学として言語をもって「語り得ないもの」について言及していることがある。神や倫理、宗教、言語ゲームの規則が該当するが、手稿153aでは、「ブルックナーは内なる耳だけで演奏するオーケストラを想像しながら作曲し、…」と記載されている。ブルックナーの音楽的本質を見事に捉えていると思う記述である。これこそ「語り得ぬもの」ではないか?
そもそも芸術的言語は、論理哲学で表現出来る世界を超越している。規則を定めるのが困難なのが芸術的言語なのである。文脈・状況も芸術家本人にしかわからない。つまり、芸術的言語の規則はブルックナーの「内なる耳」にしかない。これをオーケストラの演奏を通して理解するのは、聴く者の感性である。断章であるからこそ、自由自在に語れるのだ。『論考』や『探究』を読んだ人が読みたくなる本だ。お勧めの一冊だ。
2017年8月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
一枚の袋に入っただけで剥きだしてポストに投げ込まれた
かつ
本にブロッコリーのカスのようなものが付着していた
管理体制に問題がある
本そのものは綺麗な状態だったので星2
かつ
本にブロッコリーのカスのようなものが付着していた
管理体制に問題がある
本そのものは綺麗な状態だったので星2
2018年11月6日に日本でレビュー済み
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厳密なものから離れた砕けた日記。面白い。宝探しのように呼んでいます。
2008年5月6日に日本でレビュー済み
「私の思想をたのしむことは、私自身の風変わりな生活をたのしむこと。これが、生きる
よろこびなのだろうか」
ウィトゲンシュタインが残した手書きメモ。覗いてみよう。
「何も言わないのに匹敵するほど、素晴らしいことを言うのは、芸術ではむずかしい」
「君は新しいことを言う必要がある。だがそれは古いことばかりだ。もちろん君は
古いことを言うだけでいい。にもかかわらずそれは新しいのだ」
「深いところに降りていくには、遠くへ旅をする必要はない。家の裏庭でできることだ」
「比較が可能であることではなく、比較が不可能であることを当然と考えるべきだ」
「ユーモアは、気分ではなく、世界観である」
堪能の一冊。
よろこびなのだろうか」
ウィトゲンシュタインが残した手書きメモ。覗いてみよう。
「何も言わないのに匹敵するほど、素晴らしいことを言うのは、芸術ではむずかしい」
「君は新しいことを言う必要がある。だがそれは古いことばかりだ。もちろん君は
古いことを言うだけでいい。にもかかわらずそれは新しいのだ」
「深いところに降りていくには、遠くへ旅をする必要はない。家の裏庭でできることだ」
「比較が可能であることではなく、比較が不可能であることを当然と考えるべきだ」
「ユーモアは、気分ではなく、世界観である」
堪能の一冊。
2012年5月6日に日本でレビュー済み
あらゆる哲学者の中で、最も著作がかっこいい哲学者のひとりは、確実にこの人でしょう。
『論理哲学論考』なんて書いてあることがよく分からなくても、最初と最後だけを読むだけでやられてしまい、
手元に置きたくなってしまう。
ニーチェのアフォリズムは深くて熱いが、ヴィトゲンシュタインのそれはクールで鋭利だ。
『反哲学的断章』は『論理哲学論考』に比べてぜんぜん分かりやすくとっつきやすい。
未公刊のメモが元になっているため、読んでいると、個人的なつぶやきを聞いているような気がしてくる。
メンデルスゾーン、ショーペンハウワーなど、文化・芸術面での固有名も多く登場するので親しみやすい。
内容も、多岐にわたっている。
「優れた比喩は、知性を新鮮で生き生きとしたものにする」
「わたしの理想はある種の冷たさである。情熱に口をはさむことなく、情熱をとりかこむ寺院」
「芸術家の仕事の他にも、世界を永遠の相のもとに把握するもうひとつの方法がある。思想の仕事がそれだ。
思想はいわば、世界の上空を飛び、あるがままの世界に指一本ふれない」
「わたしはヨーロッパの流れを共感をもって眺めることができない。ヨーロッパ文明に目標があるにしても
その目標が理解できない。だからわたしは世界の片隅に散らばっている友人たちのために書く」
「わたしにとっては澄んだ明るさ、明晰さ、つまり透明ということこそ、自己目的なのだ」
「わたしが到達したいと思う場所が、梯子を使わないと行き着けないのなら、わたしはそこへいくことを
諦めるだろう。なぜならわたしは、実際にめざすべき場所に、すでにいなくてはならないのだから」
「音楽には、無限の複雑さが秘められている。他の芸術では複雑さは、その外観に、外部に現れるが、
音楽はそのような複雑さを黙秘する。音楽はある意味で、もっとも洗練された芸術である」
「わたしが決して近寄らない問題、わたしの軌道、世界にはない問題がある。ベートーヴェンが、あるいは部分的には
ゲーテが近づき、格闘した事柄。これは、どの哲学者も扱わなかった。ことによるとニーチェが近くを通り過ぎた
かもしれない。もしかしたらこの問題は、西洋哲学から抜け落ちているのかもしれない」
「天才は、天才ではない普通の人間よりも、より多くの光をもっているわけではない。
ただ天才はその光を、ある特定のレンズによって、焦点に集めることができるのだ」
「哲学のレースで勝つのは、ゆっくり走る者である。いいかえれば、最後にゴールに到着する者が勝者となる」
「わたしが本当に救われる運命にあるなら、わたしは確かさを必要とする。だが知識、夢、思弁は必要としない。
そういう確かさこそ信仰なのだ。信仰とは、わたしの胸が、心が求めるものを信じることで、思考や悟性が
必要とするものを信じることではない。救われなくてはならないのは、心と情念、いわば心の血と肉なのであって、
わたしの抽象的な精神ではない」
などなど。一度読んで分からない文章などはなく、どれも具体的で、意味がはっきりしている。
青土社の単行本に特徴的なことだが、字面のたたずまいのきれいさも保たれている。
『論理哲学論考』なんて書いてあることがよく分からなくても、最初と最後だけを読むだけでやられてしまい、
手元に置きたくなってしまう。
ニーチェのアフォリズムは深くて熱いが、ヴィトゲンシュタインのそれはクールで鋭利だ。
『反哲学的断章』は『論理哲学論考』に比べてぜんぜん分かりやすくとっつきやすい。
未公刊のメモが元になっているため、読んでいると、個人的なつぶやきを聞いているような気がしてくる。
メンデルスゾーン、ショーペンハウワーなど、文化・芸術面での固有名も多く登場するので親しみやすい。
内容も、多岐にわたっている。
「優れた比喩は、知性を新鮮で生き生きとしたものにする」
「わたしの理想はある種の冷たさである。情熱に口をはさむことなく、情熱をとりかこむ寺院」
「芸術家の仕事の他にも、世界を永遠の相のもとに把握するもうひとつの方法がある。思想の仕事がそれだ。
思想はいわば、世界の上空を飛び、あるがままの世界に指一本ふれない」
「わたしはヨーロッパの流れを共感をもって眺めることができない。ヨーロッパ文明に目標があるにしても
その目標が理解できない。だからわたしは世界の片隅に散らばっている友人たちのために書く」
「わたしにとっては澄んだ明るさ、明晰さ、つまり透明ということこそ、自己目的なのだ」
「わたしが到達したいと思う場所が、梯子を使わないと行き着けないのなら、わたしはそこへいくことを
諦めるだろう。なぜならわたしは、実際にめざすべき場所に、すでにいなくてはならないのだから」
「音楽には、無限の複雑さが秘められている。他の芸術では複雑さは、その外観に、外部に現れるが、
音楽はそのような複雑さを黙秘する。音楽はある意味で、もっとも洗練された芸術である」
「わたしが決して近寄らない問題、わたしの軌道、世界にはない問題がある。ベートーヴェンが、あるいは部分的には
ゲーテが近づき、格闘した事柄。これは、どの哲学者も扱わなかった。ことによるとニーチェが近くを通り過ぎた
かもしれない。もしかしたらこの問題は、西洋哲学から抜け落ちているのかもしれない」
「天才は、天才ではない普通の人間よりも、より多くの光をもっているわけではない。
ただ天才はその光を、ある特定のレンズによって、焦点に集めることができるのだ」
「哲学のレースで勝つのは、ゆっくり走る者である。いいかえれば、最後にゴールに到着する者が勝者となる」
「わたしが本当に救われる運命にあるなら、わたしは確かさを必要とする。だが知識、夢、思弁は必要としない。
そういう確かさこそ信仰なのだ。信仰とは、わたしの胸が、心が求めるものを信じることで、思考や悟性が
必要とするものを信じることではない。救われなくてはならないのは、心と情念、いわば心の血と肉なのであって、
わたしの抽象的な精神ではない」
などなど。一度読んで分からない文章などはなく、どれも具体的で、意味がはっきりしている。
青土社の単行本に特徴的なことだが、字面のたたずまいのきれいさも保たれている。
2018年1月12日に日本でレビュー済み
「反哲学的断章」は1977年に未発表のメモをまとめたものです。
ヴィトゲンシュタインの興味関心が音楽・演劇や自身がユダヤ人であったことから民族問題、宗教に及んでいます。
とりとめのない文章がダラダラと続きます。読み終えるのに苦痛と退屈を覚えました。
原題は「雑記録」といいますが、出版社は「反哲学的断章」と、いかにも深淵な内容があるかの如きタイトルをつけました。羊頭狗肉です。
ジャケ買いを狙ってのことでしょう。ヤラレマシタ。
ヴィトゲンシュタインの興味関心が音楽・演劇や自身がユダヤ人であったことから民族問題、宗教に及んでいます。
とりとめのない文章がダラダラと続きます。読み終えるのに苦痛と退屈を覚えました。
原題は「雑記録」といいますが、出版社は「反哲学的断章」と、いかにも深淵な内容があるかの如きタイトルをつけました。羊頭狗肉です。
ジャケ買いを狙ってのことでしょう。ヤラレマシタ。