ゴフスタインの『ピアノ調律師』――「人はそれぞれ、自分は本当は何をしたいのかということを、よく考えるべきだと思うよ」という、物語後半でピアニストのリップマンが述べることばが胸にひびき、この物語の核心にふれているとおもった。登場人物全員がやさしく、愛情深く、僕の願ってやまない世界像。
ついでにいえば、読書中こんなことを考えていた。あまりにもあたりまえのことのようだが、作曲家のひとりひとりに語りつくせない人生があって、そこには当然「よろこび」があり「幸福」があり、「挫折」や「屈折」、「諦念」もある。それは演奏家にもいえることで、作曲家はもうこの世界にいなくても、演奏家がいま・ここを懸命に生きていることは、作曲家のいのちを受け継ぎながらも、そこに演奏家のおもいも確（しか）と重なっているのだということ。その二重三重のおもいの織物を、さらに聴衆のひとりひとりが独自に解釈し、明日を生きる活力にかえていく。〝未来〟というやつは、そうやっていくつもの感情の経路をたどりながら、すこしずつ色彩をくわえていくのではないか。
もういちど、いおう。演奏家がいま・ここを生き、作曲家のおもいに自身のおもいを織りこんで聴き手の耳に、こころに届けてくれる機会そのものが、生きるうえでもっとも大切な意味と価値をふくんだ、もっともぜいたくな贈りもの（音楽）だとおもう。
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