下巻は続編と続々・新続編となっている。紅葉の筆から弟子の風葉に書き継がれたのがどの当たりからなの
かは、浅学にして拙読者には分からない。前出の解説者片岡良一氏の解説によれば、紅葉の予定した結末
は「宮における正しい「覚悟」の獲得と其処に打ち展げられる自主的人間世界の揺るぎない確実さとにあった
のかも知れないと言い、風葉の書きついだ「終編」では終にそうした「覚悟」に到達し得なかった宮が、苦悩に
狂うて自殺を企て生ける屍となって貫一の腕に擁へられることになっていた」とある。ここで言う「覚悟」とは「
責任を知ること」と注釈している。そして、それが明治の女性一般の相であったと締めくくる。
しかし一読された読者は、貫一にとっては養い親ではあるが、二親が認めた相思相愛の宮と貫一の異論なき
華燭を棒に振り、ダイヤモンドに目が眩んですすんで資産家富山惟継に嫁いだ宮本人の後悔と、裏切られた
貫一の病的なまでの宮への怨恨を比較して、女の後悔に同情を寄せつつ自死による贖罪に期待したかと言え
ばそうでもないことが行間から伝わってくるだろう。貫一に宛てた切々とした宮の手紙の内意は、そうした
富山への気の迷いへの反省と、目から鱗が落ちて野火のように広がる貫一への愛情の再燃につきるのである。
しかし高利貸になった貫一には容易には通じない。この歯がゆさ故に悩むのである。予期せず届く宮の長文
の手紙を破いては捨てていた奈落のような貫一の心中に光が射し始めるところで未完のまま物語は終わって
いる。
ここでは、岩波文庫昭和１４年初版本を参考にした。
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