本書は、1932年から10年間、駐日大使を務めたジョセフ・クラーク・グルーの42年アメリカ帰国後の足跡を、直後の演説活動から、対日戦勝利が確実になって行く44年5月の国務省極東局長、同年11月の国務次官への抜擢から、45年8月辞任に至るまでの、対日戦終結及び戦後政策の成立過程に焦点を当て、彼の著書「対日十年」や演説草稿・手紙等の資料を中心に据え、これらへの反論・反響等を交えながら、幅広く丹念に、臨場感ある筆致で記述する。中心は無論、表題の探求である。
外交官グルーは当然のことに、全てを「国家利益の重要性から判断」する。即ち「対日戦争の目的は、『日本が二度と世界平和を脅かすことができぬよう』、その戦争能力を破壊することにある。この目的を、『アメリカ人生命の犠牲が最も少ない方法で達成すること』こそ肝要」と断じる。そのためには「日本を永久に支配できない以上、われわれが望みうることは、天皇制を廃止することではなく、『立憲君主制の発展』である」とする。この彼の持論は、在日10年の「なかでも重要な情報源、宮中側近グループ」との交際を通して形成され、やがて信念となり、グルーは終生貫き通す。さすがに帰国直後は、日本国民の特質を説いて、戦争相手としての手強さを知らしめる役割を担ったが、心底では戦後の日本占領統治やその後を見据え、天皇制活用の利をアメリカ国民に理解させる方法や時期を狙い続けた。本書はこのグルーの周到さを、見事に描き切る。その方法が如何に現実的・功利的であるとしても、奇襲攻撃による戦争を強いられたアメリカ国民には到底受け入れ難く、彼は相当な非難、嫌がらせを被ったようだ。しかし驚くことに、それらにもグルーは実に耐え切った。ことは飽くまで慎重に、機を見計らい、順序を違えず、何度も執拗に繰り出して行く様は、キャリア外交官の絶対自負と職務完遂への凄まじさをみる。
この彼の「天皇制活用」の考え方こそ、日本の戦後史を顧みれば、アメリカによる占領統治が日本国民に大方好感を持って受け入れられる素地となり、その効率的な遂行に大いに寄与した。であるばかりか、戦後の冷戦に臨んでは、極東の要石としての役割を担う日本を、アメリカが手にする布石ともなり、太平洋の遥か彼方にソ連・中国を封じ込めて、アメリカの安全保障網をより堅実に構築するのに貢献し、現在に至っている。これらは所詮、その後の様々な要因も加わっての結果であるとは言え、グルーの持論が、その出発点の主要な一石であったことは間違いなく、著者なりの着眼や見方も窺えて、非常に面白く読み終えた。歴史成立の綾に、正直感動を禁じ得なかった。
太平洋戦争の終結や日本の戦後史の重要な一面を知るうえで、有用な書と言えよう。
プライム無料体験をお試しいただけます
プライム無料体験で、この注文から無料配送特典をご利用いただけます。
非会員 | プライム会員 | |
---|---|---|
通常配送 | ¥410 - ¥450* | 無料 |
お急ぎ便 | ¥510 - ¥550 | |
お届け日時指定便 | ¥510 - ¥650 |
*Amazon.co.jp発送商品の注文額 ¥3,500以上は非会員も無料
無料体験はいつでもキャンセルできます。30日のプライム無料体験をぜひお試しください。

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
象徴天皇制への道: 米国大使グルーとその周辺 (岩波新書 新赤版 89) 新書 – 1989/10/20
中村 政則
(著)
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥858","priceAmount":858.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"858","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"0XL3CsPJhPI3%2BMcGswyDSjroHHAnKnNEcvYRya3MTm7AGHEHjDPy%2B7%2B%2FViZlyyg85u5WxBwY2Snu8%2FS1a2bWOxrgjsZ8vxDS29zlrPsaB4OA6kO%2FnpLGOIHztPhriLlD","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}]}
購入オプションとあわせ買い
- 本の長さ226ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日1989/10/20
- 寸法10.7 x 1 x 17.3 cm
- ISBN-104004300894
- ISBN-13978-4004300892
よく一緒に購入されている商品

対象商品: 象徴天皇制への道: 米国大使グルーとその周辺 (岩波新書 新赤版 89)
¥858¥858
最短で3月31日 日曜日のお届け予定です
残り4点(入荷予定あり)
¥1,188¥1,188
一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。
注文確定後、入荷時期が確定次第、お届け予定日をEメールでお知らせします。万が一、入荷できないことが判明した場合、やむを得ず、ご注文をキャンセルさせていただくことがあります。商品の代金は発送時に請求いたします。
総額:
当社の価格を見るには、これら商品をカートに追加してください。
ポイントの合計:
pt
もう一度お試しください
追加されました
一緒に購入する商品を選択してください。
この商品を買った人はこんな商品も買っています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2016年5月29日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2012年4月15日に日本でレビュー済み
1932年から42年まで日米開戦までのほぼ10年にわたって駐日アメリカ大使の重責にあったジョセフ・クラーク・グルーはその日記をもとにした著書『滞日十年』によって知られる。この公刊された日記は分量にして、膨大な原本の10分の1ほどに過ぎない。グルー自身が述べているように、日記は内密で非公式なものであるために公表をさし控えなければならないことが多々あった。ただし「主要な物語は、この種の省略によって損なわれてはいない」という。
しかし同書のアメリカでの刊行は陸軍省、国務省の意向に従って1944年5月まで待たなければならなかった。グルーは同書以前、1942年に、日本軍部の無謀な攻撃精神を前面に押し出した『東京報告』を刊行しているがそのトーンは『滞日十年』のものとは大いに異なっている。
中村氏はこの『東京報告』の実際上の著者が親日的なグルーとは対極的な立場にあったポール・ラインバーガー(戦時情報局勤務の中国問題専門家)であったことを明らかにする一方で、対日戦勝利の見通しが明らかになった時点での『滞日十年』の刊行(許可)の持つ政治的意味合いを探っている。
『滞日十年』はアメリカでベストセラーであったばかりでなく、戦後1948年に翻訳が出された日本でも大きな反響を呼んだ。そこには軍部の強権の前に敗れ去る穏健派に抱くグルーの愛惜の念が色濃く顕われている。「天皇制にかんしていえば―それは現在の天皇個人と明白に区別されるべきものだが―、それは保持されるべきであると私の心中ははっきりしている。なぜなら象徴として、天皇制はかつて軍国主義崇拝に役立ったと同様に、健全かつ平和的な内部成長にとっての礎石としても役立つからである。」(1943年9月、ホーンベック極東部長宛書簡)。
グルーは1944年5月には国務省極東局長、つづいて11月には国務次官に就任した。これは必ずしも彼が対日政策の主流に乗り出したことを意味しなかったが、なお彼に活動の余地を残すものであった。対日戦の終結までにはなお幾多の政治的ドラマが残されており、占領政策の策定までには紆余曲折を経なければならなかった。しかしグルーの活動が「象徴天皇制への道」を開く大きな力となったことは疑いない。
しかし同書のアメリカでの刊行は陸軍省、国務省の意向に従って1944年5月まで待たなければならなかった。グルーは同書以前、1942年に、日本軍部の無謀な攻撃精神を前面に押し出した『東京報告』を刊行しているがそのトーンは『滞日十年』のものとは大いに異なっている。
中村氏はこの『東京報告』の実際上の著者が親日的なグルーとは対極的な立場にあったポール・ラインバーガー(戦時情報局勤務の中国問題専門家)であったことを明らかにする一方で、対日戦勝利の見通しが明らかになった時点での『滞日十年』の刊行(許可)の持つ政治的意味合いを探っている。
『滞日十年』はアメリカでベストセラーであったばかりでなく、戦後1948年に翻訳が出された日本でも大きな反響を呼んだ。そこには軍部の強権の前に敗れ去る穏健派に抱くグルーの愛惜の念が色濃く顕われている。「天皇制にかんしていえば―それは現在の天皇個人と明白に区別されるべきものだが―、それは保持されるべきであると私の心中ははっきりしている。なぜなら象徴として、天皇制はかつて軍国主義崇拝に役立ったと同様に、健全かつ平和的な内部成長にとっての礎石としても役立つからである。」(1943年9月、ホーンベック極東部長宛書簡)。
グルーは1944年5月には国務省極東局長、つづいて11月には国務次官に就任した。これは必ずしも彼が対日政策の主流に乗り出したことを意味しなかったが、なお彼に活動の余地を残すものであった。対日戦の終結までにはなお幾多の政治的ドラマが残されており、占領政策の策定までには紆余曲折を経なければならなかった。しかしグルーの活動が「象徴天皇制への道」を開く大きな力となったことは疑いない。
2007年8月15日に日本でレビュー済み
本書は大戦の最中から大日本帝国崩壊後の新たな日本の統治体制について米国側で周到に準備されていたことが史実に即して説明されている。
当然のことだが、勝利した側はその後の自分たちの利益にもっとも合致するような選択を敗者に強制するであろう。象徴天皇を利用しての日本統治がどのように米国の短期的・長期的利益に合致するのか。
短期的には玉音放送を利用した皇軍(天皇の軍隊)の武装解除に始まる占領行政の円滑な推進にあったことは言うまでもない。
こうした政策決定は開戦直前まで駐日大使をつとめていたグルーの十年にもわたる緻密な調査活動、さらには文化人類学者をはじめとする研究者たちを動員した日本の社会文化の徹底的分析に基づいて行われていた。
肝心なことは1945年の大日本帝国の崩壊によって薩長主導の王政復古体制は完全な失敗に終わったことだ。近代天皇制は終焉したのである。傲然と腰に手をあてがっているマッカーサー連合軍最高司令官とその隣に直立不動で立つ昭和天皇との有名なツーショットがすべてを語る。
象徴天皇制は右と左を欺くとんでもない詐術なのではないか。無いものをあるといいくるめるトリックというわけだ。近代天皇制は終焉し存在しないのに、あたかもなにがしかの実体があるように見せかける。それはもっぱら占領軍=アメリカがこれを利用するためにのみ存在するのだ。
大東亜戦争はまさしく皇国(天皇の統治する国)の皇軍(天皇の軍隊)が主導した戦争だった。現人神(あらひとがみ)を最高指導者に仰ぐ戦争だったのだ。だが、昭和天皇は占領軍=米国によって免責された。天皇の戦争責任を不問に付したのである。天皇をもっぱら政治的に利用するために(のみ)。
勝者が最もおそれることは何か。それは敗者の精神的自立であろう。悲しいことに戦争の最高指導者が免責されることによって敗者の精神的自立の契機が失われた。
以上は本書が集めたデータに基づいた評者の読後感想である。
当然のことだが、勝利した側はその後の自分たちの利益にもっとも合致するような選択を敗者に強制するであろう。象徴天皇を利用しての日本統治がどのように米国の短期的・長期的利益に合致するのか。
短期的には玉音放送を利用した皇軍(天皇の軍隊)の武装解除に始まる占領行政の円滑な推進にあったことは言うまでもない。
こうした政策決定は開戦直前まで駐日大使をつとめていたグルーの十年にもわたる緻密な調査活動、さらには文化人類学者をはじめとする研究者たちを動員した日本の社会文化の徹底的分析に基づいて行われていた。
肝心なことは1945年の大日本帝国の崩壊によって薩長主導の王政復古体制は完全な失敗に終わったことだ。近代天皇制は終焉したのである。傲然と腰に手をあてがっているマッカーサー連合軍最高司令官とその隣に直立不動で立つ昭和天皇との有名なツーショットがすべてを語る。
象徴天皇制は右と左を欺くとんでもない詐術なのではないか。無いものをあるといいくるめるトリックというわけだ。近代天皇制は終焉し存在しないのに、あたかもなにがしかの実体があるように見せかける。それはもっぱら占領軍=アメリカがこれを利用するためにのみ存在するのだ。
大東亜戦争はまさしく皇国(天皇の統治する国)の皇軍(天皇の軍隊)が主導した戦争だった。現人神(あらひとがみ)を最高指導者に仰ぐ戦争だったのだ。だが、昭和天皇は占領軍=米国によって免責された。天皇の戦争責任を不問に付したのである。天皇をもっぱら政治的に利用するために(のみ)。
勝者が最もおそれることは何か。それは敗者の精神的自立であろう。悲しいことに戦争の最高指導者が免責されることによって敗者の精神的自立の契機が失われた。
以上は本書が集めたデータに基づいた評者の読後感想である。