「北野天神縁起」と言えば、多くの方は絵画作品としての《北野天神縁起絵巻》を思い浮かべるのではなかろうか。
然しながら、本書は「北野天神縁起」を美術作品としてではなく、あくまでも一つの古典文学作品として捉えており、そこから歴史的背景を読み込んだ、極めて特異な著作なのである。
着眼点の新鮮さは然る事ながら、今まで見過ごされがちであった本作品の「意義」を考察するという意味に於いて、実に画期的な一冊であった。
本書は、各専門家がそれぞれの章を担当して執筆している。
このように執筆者の異なる小論集ともなると、とかく統一感が欠損しがちであるが、本書はそのような事は無く非常に良く纏まっていて読み易い。
そして北野天神縁起の壮大な世界を語り尽くし、また、史実と虚構とを考察しながら、改めて縁起の持つ意義を提示するのだ。
取り分け、神仏習合の歴史等も分析した上で、道真の神格化という根源に迫っている所は非常に読み応えがあった。
当時の政治的背景、残酷な人生、そして、それを傍観しつつも心を寄せる大衆の心情等を具に把握出来る所は臨場感に溢れており、何故に道真が「人間」から「神」になったのかという、極めて重要な原点を考えさせられたように思う。
また、確かに本書は「北野天神縁起」を「古典文学作品」として扱う事を主体にしてはいるのだが、実際には絵巻についてもかなりの頁を割いており、例えば地獄絵・六道絵との関連性等についても詳らかにしているので、美術愛好家にとっても十分に満足の行く内容である事は間違いない。
全て白黒とは言え掲載図版も豊富なので、絵画作品で確認しながら読み進められる点も実に有意義であるし、正しく本書は「北野天神縁起」を、文学としても絵画としても楽しめる傑作なのである。
尚、本書ではそれぞれの時代での「北野天神」の捉え方にも言及しており、特に最終章では、能、浄瑠璃、或いは歌舞伎の世界と天神との関係について論じているので、伝説の新たな側面を垣間見る事が出来る仕組みとなっている。
この伝承の影響力の強さを実感すると共に、日本人の心に永らく根付いた価値観や信仰心、更には恐れと言った心情をも垣間見る事が出来るのではなかろうか。
近世芸能に関心のある方は必読であろう。
文章も非常に解り易くて丁寧である。
また、コラム等で｢天神様と梅｣や｢通りゃんせの謎｣等を扱っている所は雑学的でもあり、実に面白い。
そして、本書は道真の昇進と失脚に関する伝記等も織り交ぜながら、怨霊伝説から天神信仰に至るまでの経緯を解説する所から始まるので、誰でも自然に核心に入り込む事が出来るように緻密に構成されているし、仮に、道真に関する前知識がの皆無だったとしても楽しめるような配慮が行き届いているので、先ずは手に取って頂きたいと思う。
誰もが奥の深い「北野天神縁起」の世界を堪能する事が出来るであろう。
私は今まで「北野天神縁起」と言えば、絵巻作品としての意味合いについてしか考えた事がなかった。
然しながら、この作品の持つ様々な魅力を知る事が出来たし、何よりも本書は「絵巻」から「文学」へと視点を変えただけで、これ程までに世界が広がる事を教えてくれたのである。
つくづく、本書に出逢えて良かったと思う。
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