魔女というと、現代の私達はどうしても童話や御伽噺を思い描いてしまうが、嘗てのヨーロッパでは魔女は実在すると信じられ、隣人が…或いは同じ村の住人が…裁判や拷問に掛けられた挙句に命を落として行った。
そして本書が目を向けるのは、ファンタジー世界の魔女ではなく、現実社会の魔女である。
余りにも多くの人々が無実の罪を着せられて処刑されて行った事を思うと、決して軽い気持で読める本ではないかもしれないが、現実に起こった“魔女狩り”という問題を宗教や社会的背景と交差させながら冷静に読み解いているので、多くを学ぶ事が出来るであろう。
さて、本書は「キリスト文明と魔女」「魔女狩りの構図」「ヨーロッパ思想の中の魔女」の三章で構成されている。
勿論、書名の通り「キリスト教と魔女」との関連に重きを置いているのは言うまでも無いが、その他にも、魔女の起源から近代社会のフェミニズムに至るまでの長い歴史を辿っているので、謂わば“魔女通史”を纏めた著作と言っても過言ではなかろう。
現に、第一章に於いて、魔女が登場する以前の様々な信仰…例えば、古代神話の女神信仰、ユダヤ教と自然宗教の闘い、民間伝承等を辿っていく展開は実に面白い。
魔女という存在が如何にして作られ、如何にしてキリスト教と結び付いて発展したのか…正しく“魔女誕生”の瞬間に立ち会うようでもあり、非常に勉強になった。
本書を読むと、古代神話や原始宗教とキリスト教が対立しながらも融合して行く過程に於いて「魔女」が登場すると同時に、その存在が必要とされたという理由が良く解る。
因みに、本書はあくまでも「魔女とキリスト教」という観点で論じた一冊なので、逸話の紹介等は殆ど無いが、それでも尚、やはり実際にあった魔女狩りや裁判は衝撃的だ。
特に恐ろしく感じたのは「魔女」ならぬ「魔児」である。
御伽噺の世界では、子供達はいつも魔女に攫われる被害者だが、現実では、子供が魔女を陥れる加害者となり、そして自らも魔児として刑に処せられたというのである。
誰しも自らの幼少期を省みれば思い当たるであろうが、子供は後先も考えずに面白半分で他人の噂話をしたり、物語を作り上げたり、空想世界に浸ったりもするものである。
こうした子供達の“お遊び”が誰かを死に追いやり、そして自己陶酔や妄想が自らの死を招いた事を考えると、甚だ尋常ではない気がした。
これは最早、集団パニックとも言える状況であり、幾ら時代が違うとは言え、魔女の抹殺に躍起になった妄執の恐ろしさを実感した次第である。
また、自然宗教や異教、悪魔学や魔術、聖書の世界、思想史、そしてフロイトやユングに代表される精神分析など等、とにかく「魔女」という存在に対して多角的なアプローチを試みている所が新鮮でもある。
勿論、あくまでも学術的な視点から魔女を読み解いた著作なので、若干の堅苦しさはあるかもしれないが、ヨーロッパ社会の「魔女」という存在に真摯に向き合いたいと思っている方には、極めて有意義な著作となってくれる事は間違いない。
魔女の全貌を知る上で欠かせない一冊である。
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魔女とキリスト教 (講談社学術文庫) 文庫 – 1998/1/9
上山 安敏
(著)
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魔女とは何か?魔女の淵源は古代地中海世界の太母神信仰に遡る。それは恐怖と共に畏敬にみちた存在であった。時を経て太母神はゲルマンやケルト等の土着の神々と習合し、キリスト教との相克の過程で「魔女」に仕立て上げられていく。そして中世の異端審問、凄惨な魔女狩り……。民族学、神話学、宗教学、精神分析学等々、広範な学問の成果に立脚し、魔女を通じて探った異色のヨーロッパ精神史。
- 本の長さ404ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日1998/1/9
- 寸法10.8 x 1.6 x 14.8 cm
- ISBN-104061593110
- ISBN-13978-4061593114
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著者について
1925年兵庫県生まれ。京都大学法学部卒業。京都大学法学部教授を経て、現在、京都大学名誉教授、奈良産業大学教授。著書に『ウェーバーとその社会』『法社会史』『憲法社会史』『神話と科学』『フロイトとユング』など、講談社学術文庫に『世紀末ドイツの若者』がある。
登録情報
- 出版社 : 講談社 (1998/1/9)
- 発売日 : 1998/1/9
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 404ページ
- ISBN-10 : 4061593110
- ISBN-13 : 978-4061593114
- 寸法 : 10.8 x 1.6 x 14.8 cm
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- - 378位文化人類学一般関連書籍
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- - 649位講談社学術文庫
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2016年8月7日に日本でレビュー済み
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2019年1月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本は、魔女狩りについても、キリスト教についても、書かれていますが、それがテーマではありません。ヨーロッパはキリスト教世界だと思われていますが、決してキリスト教の一枚岩ではありませんでした。ケルトやゲルマンの風習が色濃く各地に残っていましたし、大本山ローマでは、古代ローマ・ギリシャの影響もありました。そうした、キリスト教から見たら敵対する神学体系にある女神、太母信仰が魔女を作り出したのです。
この著者の素晴らしいところは、最後の方に、これも一枚岩だと思われていた「ヘブライの一神教(ユダヤーキリスト教)」が、決してそうではないというところまで掘り下げているところです。ユダヤ教一神教の前、イスラエルの世界は女性神も祭っていた多神教もあり、救済宗教・民族宗教であるユダヤ教(そしてその派生であるキリスト教)は戦闘的にほかのそうした宗教を排除していったのです。
もっと面白いことがたくさん書かれています。何度読んでも読み足りない、でもこれ以上のヨーロッパ史はほかでは読めないと思いますので、寝不足になること覚悟でお読みください。
この著者の素晴らしいところは、最後の方に、これも一枚岩だと思われていた「ヘブライの一神教(ユダヤーキリスト教)」が、決してそうではないというところまで掘り下げているところです。ユダヤ教一神教の前、イスラエルの世界は女性神も祭っていた多神教もあり、救済宗教・民族宗教であるユダヤ教(そしてその派生であるキリスト教)は戦闘的にほかのそうした宗教を排除していったのです。
もっと面白いことがたくさん書かれています。何度読んでも読み足りない、でもこれ以上のヨーロッパ史はほかでは読めないと思いますので、寝不足になること覚悟でお読みください。
2020年12月5日に日本でレビュー済み
魔女狩りについて知りたいことがあり、手に取った。
読みながら、個人的に掻き毟られるものがあり、レビューを書き込むに至る。
一般的なキリスト教概念として、博愛主義的な要素があげられると思うが、
本書では卑俗なもの、野蛮なものを徹底的に排斥することによって成り上がった宗教という側面が浮かび上がった。
その先に勝ち誇ったものは何か。
フロイトやユングの引用からの指摘があるように、
「薄いキリスト教のメッキをはがせば」
あるいは
「キリスト教文化は表面に塗られたワニスにすぎな」いのであれば、
キリスト教は体面上の宗教に過ぎず、結局のところ土着の宗教からの脱却、および改宗は果たせなかったといえる。
ここにキリスト教の形骸化された姿が浮かびあがる。
人間の愚かさを思い知らされる。
人類は勢力争い、縄張り争いの意識から何も進化していないのでは、と。
宗教も神の名の下に迫害する建前をもつ。
宗教の真の目的って一体何なのだろうと、考えてしまう。
マリアを聖女に祭り上げる巧妙さは
カトリックのご都合主義と、
男の言い訳、卑屈さ、高慢ちきからなる女性嫌い、女性蔑視に他ならない。
その槍玉と矛先に魔女がいる。
キリスト教の敬虔さと神聖さそのものが塗り固められた嘘のようで、
このこじつけの神聖さに特化した一新教の脆さが垣間見れる。
それに比べ、善も悪も内包している太母神や多神教こそ、万民の心奥の底流を成しており、それは枯れることなく根を張り、自然回帰を相起させる要因になっているのではないだろうか。
もちろん、真の愛を説くキリスト者たちが良心を貫き、魔女狩りされてきた事実も決して忘れるまい。それもまた、キリスト教の一側面なのだ。
それにしても筆者や、その研究会の方々の膨大な文献調査には頭が下がる。
私には到底拾いきれない部分も多くあるが、縦横無尽に人文学の領域を網羅し、様々な示唆に富んだ良書であることを明記しておきたい。
闇に葬られた魔女や古代の神々を掘り起こして私たちに示してくださったことの意義は大きい。
それは生きていくうえで、欠かせない素養のひとつになりうる。
本書を通して学ぶことの大切さを改めて感じさせていただいた。
人文学の裾野を拡げ、また底上げしてくれるような豊饒の神々はここにも宿っているのである。
読みながら、個人的に掻き毟られるものがあり、レビューを書き込むに至る。
一般的なキリスト教概念として、博愛主義的な要素があげられると思うが、
本書では卑俗なもの、野蛮なものを徹底的に排斥することによって成り上がった宗教という側面が浮かび上がった。
その先に勝ち誇ったものは何か。
フロイトやユングの引用からの指摘があるように、
「薄いキリスト教のメッキをはがせば」
あるいは
「キリスト教文化は表面に塗られたワニスにすぎな」いのであれば、
キリスト教は体面上の宗教に過ぎず、結局のところ土着の宗教からの脱却、および改宗は果たせなかったといえる。
ここにキリスト教の形骸化された姿が浮かびあがる。
人間の愚かさを思い知らされる。
人類は勢力争い、縄張り争いの意識から何も進化していないのでは、と。
宗教も神の名の下に迫害する建前をもつ。
宗教の真の目的って一体何なのだろうと、考えてしまう。
マリアを聖女に祭り上げる巧妙さは
カトリックのご都合主義と、
男の言い訳、卑屈さ、高慢ちきからなる女性嫌い、女性蔑視に他ならない。
その槍玉と矛先に魔女がいる。
キリスト教の敬虔さと神聖さそのものが塗り固められた嘘のようで、
このこじつけの神聖さに特化した一新教の脆さが垣間見れる。
それに比べ、善も悪も内包している太母神や多神教こそ、万民の心奥の底流を成しており、それは枯れることなく根を張り、自然回帰を相起させる要因になっているのではないだろうか。
もちろん、真の愛を説くキリスト者たちが良心を貫き、魔女狩りされてきた事実も決して忘れるまい。それもまた、キリスト教の一側面なのだ。
それにしても筆者や、その研究会の方々の膨大な文献調査には頭が下がる。
私には到底拾いきれない部分も多くあるが、縦横無尽に人文学の領域を網羅し、様々な示唆に富んだ良書であることを明記しておきたい。
闇に葬られた魔女や古代の神々を掘り起こして私たちに示してくださったことの意義は大きい。
それは生きていくうえで、欠かせない素養のひとつになりうる。
本書を通して学ぶことの大切さを改めて感じさせていただいた。
人文学の裾野を拡げ、また底上げしてくれるような豊饒の神々はここにも宿っているのである。