長い間、見失っていたものは、私には吉村昭さんの小説だったと、今この本書を読んで分かった気がする。20世紀に幾つかの本を読み、これより上の日本人作家はいないだろうと思える数冊で、もう満足の上の気持ちで。
それ以降、読む意味がもうない気がしていたのだと思う。一度ベストなものを読んだり見たりしたら、その他は特に必要がない気がして来るのです。私だけでもないと思うが。
本書は何故読む事になったかは実は、ごく最近の事なのに覚えていない。覚えている必要が、これまた無いような本作の良さだからかも知れない。再び。まだ、全ては読んでいず、「研がれた角」までを読んだところで。
最初の作品はうなぎがメインの動物の話。というか人の話。研がれた角とあるのは闘牛の牛とそれを飼う人の話。どちらも街の小説ではない。それが私の人生とも重なるのです。うなぎではないですが、8年、水の清らかな流れの場所で、ヤマメの養殖をしている人を手伝うのがメインの私の仕事だった頃がある。そして闘牛は、恐らく土佐と島根、そして本書にもある隠岐島で見た。それは闘牛大会を見ただけだが、もっと牛を見たという意味では、何年も沖縄の離島でも働いたので、そこはサトウキビと肉牛の飼育が二大産業なので。そして沖縄県も闘牛の牛を生産する日本でも有数の地域でもあって。
その様に物語が私の人生と直結する。子牛は一歳弱で売り買いされるが、その「市」のセリも見たりした。人には指紋が認証になるが牛は鼻のシワなのです。売り買いには血統書のような、その牛を証明するカルテの様な書式があって、指紋ならぬ鼻紋(びもん)がその紙に捺されているのでした。性器の健康度も記されている。尤もだと思う。繁殖が鍵でもあるのだから。
そのように、街では知り得ない話が私の中にも吉村昭さんの話の中にもある。表題作の「海馬」に至っては、本書では北海道道東の羅臼だが、私は道北の地で働いていた数年もあるので「冬の仕事があるんだけど、岩場の海馬の数を数えるだけなんだけどやらないか」と誘われた事があって。環境省経由の話で。しかし凍てつく寒さと吹き荒ぶ風の中、海に面した小屋に住み続ける事が海馬を数えるより大変な苦労に思え、断った歴史もある。何なら今もその冬仕事は誰かがやっている筈で。
羅臼の海にもいるとは知らなかった。羅臼のある斜里町でも5年いたのだけれど。しかし「研がれた角」が昭和55年の作だから、今はもう海馬もいないのかも知れない。蛇足を過ぎる話を書くが、その羅臼の海で春4月に観光船が人命と共に沈んだのだ。まだ1年半しか経っていない。その観光船も当然の様に私も乗った事がある。上手な船長さんが海岸線を走る熊の親子連れを見つけてくれて、船客に教えてくれる。今も私はこの沈没の話には涙が溢れそうになる。自然の脅威を甘く見ている人間への処罰も思う。お陰でその事故近辺の5月には神経性の腰痛というのになり立てなくなった。あまりにショックが強いと、人の体は重い物を持たなくても腰痛を発症すると、心身みんなが繋がっている自然を身をもって知った。阪神大震災のニュースを極力見ない様にしたと後で教えてくれた、当時妊婦だった同級生の言葉が思い出された。
その様に、本書からは様々な人が、日本の生活と共に自分の人生と触れ合わせて読むのではないか。そして自分の人生も、この先どのようになって行っても…と、ある種の諦観に駈られるのではないか。本書の厳しい人生に照らして。その諦観は私には良質の腫瘍みたいな気がしています。吉村さんにこんな感想も届かないのが残念ですが。レビューの読者には届くので書いてみました。
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海馬(トド) (新潮文庫) 文庫 – 1992/6/26
吉村 昭
(著)
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- 本の長さ304ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日1992/6/26
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- ISBN-104101117306
- ISBN-13978-4101117300
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登録情報
- 出版社 : 新潮社; 第7版 (1992/6/26)
- 発売日 : 1992/6/26
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 304ページ
- ISBN-10 : 4101117306
- ISBN-13 : 978-4101117300
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
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2017年12月27日に日本でレビュー済み
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吉村昭の動物に纏わる人間模様を描いた短編集。
史実描写に定評のある作家だが、ある程度の事実をベースにしたフィクションの短編集も、人物の心情描写がリアリティがあって心に沁みる。本当にあっただろうなと思わせてくれるストーリーだ。
史実描写に定評のある作家だが、ある程度の事実をベースにしたフィクションの短編集も、人物の心情描写がリアリティがあって心に沁みる。本当にあっただろうなと思わせてくれるストーリーだ。
2018年4月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ストイックに自然に向き合う男達はそれ以外は至極、無頓着。
特に女性に対してはあまりに不器用で周りの人達に揶揄される。
こんな俺には、あんなに気立てが良くて綺麗な女性と暮らすなど、
身の程知らずも良いところだと、貝のように黙してしまう。
その女性達も様々な不遇を背負いかつ懸命に生きている。
破れた恋愛からしばらく自ら遠のいてきた、されど自然に一途に向き合う
不器用な男達に出会い、誠実さに惹かれやがては尽くしたいと心が動いていく。
決して若くは無い不憫で報われない男女達が厳しい北の土地で巡り会い、
久方ぶりの幸せの気配に戸惑いながら真摯に向き合っていく姿がとてもいい。
吉村作品ですから、お尻が痒くなるような表現や台詞は一切ありませんから、
実に読みやすくかつ登場人物達の不遇、誠実さ、懸命、戸惑いに共感し
純粋で優しい気持ちになっていくこと間違いありません。
通勤電車で立ち読みする本としておすすめします。
「失楽園」のようなエロスはありませんからドキドキしないで落ち着いて読めますよ。
特に女性に対してはあまりに不器用で周りの人達に揶揄される。
こんな俺には、あんなに気立てが良くて綺麗な女性と暮らすなど、
身の程知らずも良いところだと、貝のように黙してしまう。
その女性達も様々な不遇を背負いかつ懸命に生きている。
破れた恋愛からしばらく自ら遠のいてきた、されど自然に一途に向き合う
不器用な男達に出会い、誠実さに惹かれやがては尽くしたいと心が動いていく。
決して若くは無い不憫で報われない男女達が厳しい北の土地で巡り会い、
久方ぶりの幸せの気配に戸惑いながら真摯に向き合っていく姿がとてもいい。
吉村作品ですから、お尻が痒くなるような表現や台詞は一切ありませんから、
実に読みやすくかつ登場人物達の不遇、誠実さ、懸命、戸惑いに共感し
純粋で優しい気持ちになっていくこと間違いありません。
通勤電車で立ち読みする本としておすすめします。
「失楽園」のようなエロスはありませんからドキドキしないで落ち着いて読めますよ。
2014年10月13日に日本でレビュー済み
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構成、描写等、文句なく素晴らしい内容です。吉村氏の著作はどれも期待を裏切りません。
2016年9月18日に日本でレビュー済み
1978年から1988年にかけて書いた短編をまとめています。日常では知りえない、特殊な職業人の生活を丹念な取材をもとに7編。ヤスで突くウナギ取り師、闘牛の愛好家、蛍の養殖家、鴨撃ち猟師、熊撃ち猟師、錦鯉養殖家、そしてトド猟師が題材です。興味深いです。
これら特殊な職業につく匠たちには、どこか影があり、市井の人たちには馴染みません。また、そんな男に交差する女たちも影があります。私には、とうていあり得ない世界なので、それだけに強く惹かれます。生まれ変わったら、こんな人生も歩んでみたい。
これら特殊な職業につく匠たちには、どこか影があり、市井の人たちには馴染みません。また、そんな男に交差する女たちも影があります。私には、とうていあり得ない世界なので、それだけに強く惹かれます。生まれ変わったら、こんな人生も歩んでみたい。
2015年10月20日に日本でレビュー済み
人間と世界を共有しつつ超然と生きる動物達が覗かせる神性。意図が一貫すればこそ各作品も類似してくるのだろう。
2012年1月14日に日本でレビュー済み
さすが吉村昭というべきか、登場する動物は多様である。ウナギ、闘牛用の牛、蛍、カモ、ヒグマ、錦鯉、海馬(トド)。これら動物の生態や飼育方法などの描写は精緻で、それを読むだけでも面白いのだが、もちろん主役は人間。
孤独に生きる男、自分の老いを悟る男、男達に訪れる新しい人生の予感など、地味で淡々としたストーリーの中に感じられる、温かみや味わいが良い。
本書収録の「闇にひらめく」は、カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞『うなぎ』(役所広司・清水美砂主演)の原作。ただし内容はかなり異なっている。
孤独に生きる男、自分の老いを悟る男、男達に訪れる新しい人生の予感など、地味で淡々としたストーリーの中に感じられる、温かみや味わいが良い。
本書収録の「闇にひらめく」は、カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞『うなぎ』(役所広司・清水美砂主演)の原作。ただし内容はかなり異なっている。
2015年8月30日に日本でレビュー済み
「闇にひらめく」「研がれた角」「蛍の舞い」「鴨」の四編は、各々動物を介し、男女の息詰まるような情感が、透徹な筆致で描かれていて、読む者に小説の手応えを感じさせてくれる。・・・無駄を削って、最小限必要な文章に仕上げられた作品のように感じる。素晴らしい。