ウエルベックの『服従』はあくまでもフィクションであり、描かれた世界はディストピアとして捉えられるが、もちろんその底流には、現実のヨーロッパ、フランスの光景がある。本書はその現実を空気感も含めて日本人にも分かり易く伝えてくれる。
台頭するフランスの国民戦線(FN)など、「極右政党」の主張と在り方を細部にわたって検証する第一章は、まさに『服従』が自明の前提条件として描かなかった“物語”の前段にあたる原風景といってもいいだろう。ヨーロッパの「極右政党」が支持される理由は、現在の日本で言うところの「右傾化」とは全く違い、むしろかつての日本社会党に通ずるものを感じたが、極右政党を支える人々がどのような社会構造の中にあるか、また、どのように生まれ、定着るかを丹念に追いレポートしている。
第二章のテーマは「ギリシャ危機」である。日本では「怠け者のギリシャ人」が受けた当然の報いのように報じられていたが、決してそうではないことを本書は明らかにする。第一章が国民の間の「格差」であるならば、ギリシャ問題は国家間の「格差」である。その発生過程には多分に大国の恣意的な行動があり、本書はそのことを実に明快に示す。『服従』が描く「欧州イスラム化」は極論のディストピアとしても、十分にあり得べき事態として捉えるには、このギリシャに対する考察は実に示唆的である。
そして第三章からは「欧州」および「EU」そのものに切り込んで行くのだが、EUの発生から時と人物に沿って書き起こしているので読みやすくもあり、欧州史の整理にもなる。特に日本人には馴染みの薄い欧州の「共同体の思想」を日本人の“文法”でも理解出来るよう、具体的かつ喫緊の事例を駆使しながら解き明かしている。
以降、ドイツの難民問題等も取り上げていて、最新ニュースの深読みにも大いに役立つが、なによりも本書の見どころは、ジャーナリズムから哲学や社会学の領域に、無理なく踏み込んでいるところにある。ジャーナリストが書くこの手の本は、おうにして情景描写と細かな政治動向に終始する傾向があるが、本書はそれを踏まえた上で、欧州人(主にフランス人)の思想や文化に触れている。それゆえにウエルベックと親和性が高いと感じるのかもしれない。
いずれにしてもヨーロッパが現在置かれている状況をコンパクトかつ深く理解する(知るのではなく)においては、良著といってもいいだろう。あと、蛇足かもしれないが、日本版『服従』では訳しきれていなかった政治用語等も分かるので、対照して読むと、より分かり易い。

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EU騒乱: テロと右傾化の次に来るもの (新潮選書) 単行本 – 2016/3/25
広岡 裕児
(著)
なぜ「欧州」は今、私たちをこんなに不安にさせるのか――。パリの無差別テロ、溢れる難民、財政破綻、そして右傾化――。「平和」をかかげ「民主主義」を育んだEUの国々が今、躓いている。在仏四十年、欧州を見続けたジャーナリストが見抜く「危機の本質」が「民主主義の現在地」を明らかにする! さまよえる世界の行方と日本が最も知るべき「本当の欧州」を捉えた緊急レポート。
- 本の長さ289ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2016/3/25
- ISBN-104106037831
- ISBN-13978-4106037832
登録情報
- 出版社 : 新潮社 (2016/3/25)
- 発売日 : 2016/3/25
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 289ページ
- ISBN-10 : 4106037831
- ISBN-13 : 978-4106037832
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,134,605位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2016年4月11日に日本でレビュー済み
2016年6月28日に日本でレビュー済み
イギリスのEU離脱のニュースを受けて、とりあえず「タイトル買い」してしまったが、結論から言えば、それは「正解」だった。
日本の報道では乱高下する株と為替の情報と、あとは同じようなロンドンの現地映像ばかり。そもそものところ離脱は2年後なのだから、むしろ知りたいのは、なぜEUがこのようになってしまったかであり、さらに言えばフランスやドイツ、その他の加盟諸国の動きである。その点において、本書は実に丁寧に明らかにしてくれている。
本書の見どころはEUそのものの成り立ちを、その理想や精神構造から示しているところにある。二度の大戦で疲弊しきったヨーロッパが平和を目指してようやく獲得した形態が今のEUであることを改めて知らしめるとともに、それがアメリカ中心のグローバル経済に対抗するために大いに機能してきたことを明確に描いている。これを理解しているのとそうでないとでは、EUの見方が大いに変わってくる。
本書は2016年3月の出版で、当然のことながら今回のイギリス離脱については触れられていないが、今年に入ってからの本ということで、EUの現状をより現実に即し、かつ深く知らしめてくれる。イギリスの次に控える来年のフランス大統領選、ドイツの国会選挙など、本書を読めば先を見通す一助になることは請け合いである。
日本の報道では乱高下する株と為替の情報と、あとは同じようなロンドンの現地映像ばかり。そもそものところ離脱は2年後なのだから、むしろ知りたいのは、なぜEUがこのようになってしまったかであり、さらに言えばフランスやドイツ、その他の加盟諸国の動きである。その点において、本書は実に丁寧に明らかにしてくれている。
本書の見どころはEUそのものの成り立ちを、その理想や精神構造から示しているところにある。二度の大戦で疲弊しきったヨーロッパが平和を目指してようやく獲得した形態が今のEUであることを改めて知らしめるとともに、それがアメリカ中心のグローバル経済に対抗するために大いに機能してきたことを明確に描いている。これを理解しているのとそうでないとでは、EUの見方が大いに変わってくる。
本書は2016年3月の出版で、当然のことながら今回のイギリス離脱については触れられていないが、今年に入ってからの本ということで、EUの現状をより現実に即し、かつ深く知らしめてくれる。イギリスの次に控える来年のフランス大統領選、ドイツの国会選挙など、本書を読めば先を見通す一助になることは請け合いである。
2016年10月28日に日本でレビュー済み
久々にパヨクでもなくネット右翼でもない、確かな知性に基づいた本格的なレポートが読めて満足。
今後は、本書で筆者が宿題にしたフランスの「ソシアル」の実態や、
さらにはヨーロッパ以外の地域についても論述を期待したい。
今後は、本書で筆者が宿題にしたフランスの「ソシアル」の実態や、
さらにはヨーロッパ以外の地域についても論述を期待したい。