一か月ほど前に各紙書評で取り上げられていたウンベルト・エ−コの政治・メディァ批評「歴史が後ずさりするとき」。エ−コの精密極まる文体は小説「薔薇の名前」で堪能されたであろう。この本でも同じスタイルがとられている。
今日みられるテロとの戦いという新しい戦争(ネオ戦争という言葉を使っている)が、これまでの形態とどれほど違うかを、したがってそれに対処する方法も違ってしかるべきなのに、古典的な考え方から脱却できずに物事を単純化しすぎてトンチンカンな対応ばかりしている政治とメディアに批判をなげかけている。エ−コであるからして、いつものようにめまいのするほどの該博な知識がその批判には動員されているわけで、単純化を嫌うエ−コならではの精密な論理に読者は目を見張る。
単純化した考え方には古典的なレトリック、とりわけ権力の乱用を正当化するためのレトリック、すなわち「乱用の疑似修辞学」の例が多くみられる、と分析する。「湾岸戦争におけるアメリカの国益を守るためにわれわれは手をださなければならない。・・・サダムフセインが大量破壊兵器を持っていることを100%立証することは困難である。だから、ともかく手をだそう。」とは当時のホワイトハウスを牛耳っていたネオコンのレトリックである。もっと、昔に遡ろうか。「われわれはベストなのだから、権力を乱用する権利がある。」とはムッソリ−ニ。より高度なレトリックをムッソリ−ニも承知はしていた。「われわれの政体は市民の権利が少数者ではなく、多数者に属するがゆえに、・・・われわれのうちには私事と国事の双方に対する配慮があり、公的認識がわれわれの中に欠けることはない。」とは、アテネのペリクレスの演説。ムッソリ−ニにしてみれば時間がないので直截に物申しただけのことで、君たちも同じレトリックを使っているね。「民主主義は最高な政体だからして・・」。
こうした、レトリックが世界の平和をどれだけ乱しているのか、についてエ−コはとても深く嘆いている。そこは本当だ。「地球上のどこであれ、すべての牛が黒であるわけはない。すべての牛が黒だとする思想を・・・」。けれどもわれわれは無知なゆえに物事を簡単に見てはいないか、すべての牛は黒だとみていないか、と猛省を迫まるのである。

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歴史が後ずさりするとき――熱い戦争とメディア 単行本 – 2013/1/25
ウンベルト・エーコ
(著),
リッカルド・アマデイ
(翻訳)
政治とメディアの現実を鋭く批判するエーコの評論集。グローバル化の中の軍事衝突、原理主義の台頭、とめどなく娯楽化していくメディア――。社会が狂信と軽信にますますおおわれ、歴史があたかも進歩をやめて後ずさりし始めたかに見える21世紀の行方に、エーコは知識人の使命を問い直しながら激しく警鐘を鳴らす。
- 本の長さ384ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日2013/1/25
- ISBN-104000256629
- ISBN-13978-4000256629
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登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (2013/1/25)
- 発売日 : 2013/1/25
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 384ページ
- ISBN-10 : 4000256629
- ISBN-13 : 978-4000256629
- Amazon 売れ筋ランキング: - 573,034位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 86位その他の外国のエッセー・随筆
- - 78,671位ノンフィクション (本)
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2021年6月22日に日本でレビュー済み
2019年公開のハリウッド映画『記者たち―衝撃と畏怖の真実』を見たことがある。主人公のひとり、ジョージ・W・ブッシュ米国大統領は、いわゆるイラク戦争、2003年からアメリカを中心に編成された部隊が、イラクに侵攻した軍事介入の中心人物であり共和党員である。
この映画を見て、イラク侵攻が中世の十字軍に重なった。あろうことか、介入するための証拠をでっちあげるという、思い上がりも甚だしい。21世紀に、中世の暗黒の空間に閉じ込められた無知が蘇ったようだ。
本書の最初の出版は2006年であり、このイラク戦争を念頭に置いていたと思われる。「Ⅲ 十字軍への逆戻り」とあるので、間違いなさそうだ。特にこの第三部の「エルサレム陥落」という記事は、第一次十字軍が1098年7月にエルサレムを占領するところを、記者が実況中継するという設定で書かれている。本書の他の記事はエッセーであるが、ここは短編小説である。学者でありなが小説も書けるという、エーコの多才さが生かされている。
~中世の無知の復活~
中世のヨーロッパ、特に7世紀から12世紀半ば頃はイスラームに対しては無知で混乱していた時代であった。イスラーム教の支配は、アンチ・キリストが最終的に出現するための準備であることが聖書の中に見つけられると絶望的であったり、第一次十字軍の勝利による傲慢で勝手な空想に根差したものであったりした。例えば、「マホメットは魔術師であり、魔術を弄し、狡猾なやり方で、アフリカや東方にあるキリスト教教会を破壊すると同時に、乱婚を正当化することでもって、その成功を確定的なものにした」などと、でたらめな認識であった(R.W. サザン『ヨーロッパとイスラーム世界』ちくま学芸文庫)。
本書は歴史の教訓を思い出させてくれる優れた作品である。エーコは常に戦争反対を貫いている。本書のエーコのような文章が書けたらいいのにと、気に入ったタイトルの記事をひとつ、その日の糧として読むのがよい。いっぺんに読んではもったいない。
この映画を見て、イラク侵攻が中世の十字軍に重なった。あろうことか、介入するための証拠をでっちあげるという、思い上がりも甚だしい。21世紀に、中世の暗黒の空間に閉じ込められた無知が蘇ったようだ。
本書の最初の出版は2006年であり、このイラク戦争を念頭に置いていたと思われる。「Ⅲ 十字軍への逆戻り」とあるので、間違いなさそうだ。特にこの第三部の「エルサレム陥落」という記事は、第一次十字軍が1098年7月にエルサレムを占領するところを、記者が実況中継するという設定で書かれている。本書の他の記事はエッセーであるが、ここは短編小説である。学者でありなが小説も書けるという、エーコの多才さが生かされている。
~中世の無知の復活~
中世のヨーロッパ、特に7世紀から12世紀半ば頃はイスラームに対しては無知で混乱していた時代であった。イスラーム教の支配は、アンチ・キリストが最終的に出現するための準備であることが聖書の中に見つけられると絶望的であったり、第一次十字軍の勝利による傲慢で勝手な空想に根差したものであったりした。例えば、「マホメットは魔術師であり、魔術を弄し、狡猾なやり方で、アフリカや東方にあるキリスト教教会を破壊すると同時に、乱婚を正当化することでもって、その成功を確定的なものにした」などと、でたらめな認識であった(R.W. サザン『ヨーロッパとイスラーム世界』ちくま学芸文庫)。
本書は歴史の教訓を思い出させてくれる優れた作品である。エーコは常に戦争反対を貫いている。本書のエーコのような文章が書けたらいいのにと、気に入ったタイトルの記事をひとつ、その日の糧として読むのがよい。いっぺんに読んではもったいない。
2013年5月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
とても興味深く、読めました。考え方に刺激を受けることが多く、良かったです。
2013年2月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
分厚い本なので、手始めに「遊びからカーニバルへ」という短いエッセイから入った。なるほど、面白い。視点が斬新で、先見性に富んでいるではないか。エーコという作家を初めて読んだ私は、目からうろこという感じがした。現代文明批判が緻密な鋭い論理で展開されているが、文体は平易で、語り口が奔放というか、自由自在。達者な翻訳と相まって、興味のつきない一冊であるとわかった。文章の背景については、訳者の注釈が適切でわかりやすく、この部分もとても良い勉強になった。日本人の翻訳では、なかなかこうはいかないのではないか。
2014年3月13日に日本でレビュー済み
エッセイの初出の時系列順ではなく、
テーマ別の6章に分類した構成になっています。
ウンベルト・エーコのエッセイには何の文句もありません。
興味深い内容だと思います。
著者らしい、ちょっと皮肉のある、そして深い考察あふれるものです。
でも翻訳は、決してするすると読めるものではありません。
聞きなれない俗語まで、そのままカタカナ表記して註をつけてます。
註記が多く、註記のあるページに指を挟んで読む面倒臭さといったら…。
括弧でくくった文が多いし、センテンスの語順が読みにくくて、
読み返してみないと、頭に入りません。
訳語の選択も「間違いではないのだろうが、もっといいものはなかったのか?」と思うものがあります。
訳した方は「頭のきいた」翻訳だとお思いかもしれませんが、
私は「気の利いた」翻訳だとは思えません…。
どうしてこんなに翻訳が絶賛されるんだろう?
いや、こき下ろすつもりは無いんです。
でも絶賛するほどじゃないと思うんだけどな。
こう感じる読者もいると、これから読む方に知っておいていただきたくて、
あえて書いちゃいました。
テーマ別の6章に分類した構成になっています。
ウンベルト・エーコのエッセイには何の文句もありません。
興味深い内容だと思います。
著者らしい、ちょっと皮肉のある、そして深い考察あふれるものです。
でも翻訳は、決してするすると読めるものではありません。
聞きなれない俗語まで、そのままカタカナ表記して註をつけてます。
註記が多く、註記のあるページに指を挟んで読む面倒臭さといったら…。
括弧でくくった文が多いし、センテンスの語順が読みにくくて、
読み返してみないと、頭に入りません。
訳語の選択も「間違いではないのだろうが、もっといいものはなかったのか?」と思うものがあります。
訳した方は「頭のきいた」翻訳だとお思いかもしれませんが、
私は「気の利いた」翻訳だとは思えません…。
どうしてこんなに翻訳が絶賛されるんだろう?
いや、こき下ろすつもりは無いんです。
でも絶賛するほどじゃないと思うんだけどな。
こう感じる読者もいると、これから読む方に知っておいていただきたくて、
あえて書いちゃいました。
2013年4月11日に日本でレビュー済み
この本は現代社会の抱える病理を批判するウンベルト・エーコのエッセイ集です。エッセイ集なので好きな個所から読むことができますが、どのエッセイにおいても、皮肉とユーモアを交えた平易な文体ではあるけれども誠実さや真面目さも兼ね備えたエーコのひたむきな姿勢をも読み取ることができましょう。
特に自分としてはおもしろかったエッセイは タッソ エルサレム解放 (岩波文庫) をテレビ中継風にパロディー化した「エルサレム陥落」でしょうか。「エルサレム陥落」では十字軍の蛮行からキリスト教とイスラムの間の憎悪が生まれた事を指摘しています。
他にも「遊びからカーニヴァルへ」では、人間のあらゆる行為がカーニヴァル化し、欲望が無限に欲求される世の中になってしまったことを、「プライヴァシーの喪失」では、インターネットや携帯電話の普及によりプライバシーを自発的に放棄してゆく人間の問題を皮肉かつ真摯に論じている事が挙げられましょう。更にそれ以外のエッセイでもエーコの軽妙洒脱でかつ真摯な表現を楽しむことが出来ましょう。そしてエーコの軽妙洒脱な文章の持ち味を十分に生かしきった翻訳者のリッカルド・アマデイ氏の翻訳はお見事と言うしかないでしょう。更にはエーコの現代社会批判に関する軽妙洒脱な切り口は、 死と滅亡のパンセ などに見られる辺見庸の現代批判に関する語り口とはまったく対照的ということもできましょう。
特に自分としてはおもしろかったエッセイは タッソ エルサレム解放 (岩波文庫) をテレビ中継風にパロディー化した「エルサレム陥落」でしょうか。「エルサレム陥落」では十字軍の蛮行からキリスト教とイスラムの間の憎悪が生まれた事を指摘しています。
他にも「遊びからカーニヴァルへ」では、人間のあらゆる行為がカーニヴァル化し、欲望が無限に欲求される世の中になってしまったことを、「プライヴァシーの喪失」では、インターネットや携帯電話の普及によりプライバシーを自発的に放棄してゆく人間の問題を皮肉かつ真摯に論じている事が挙げられましょう。更にそれ以外のエッセイでもエーコの軽妙洒脱でかつ真摯な表現を楽しむことが出来ましょう。そしてエーコの軽妙洒脱な文章の持ち味を十分に生かしきった翻訳者のリッカルド・アマデイ氏の翻訳はお見事と言うしかないでしょう。更にはエーコの現代社会批判に関する軽妙洒脱な切り口は、 死と滅亡のパンセ などに見られる辺見庸の現代批判に関する語り口とはまったく対照的ということもできましょう。
2013年2月9日に日本でレビュー済み
久しぶりに見るウンベルト・エーコの名前とタイトルの面白さに惹かれて読んだ。原題は「エビの歩き方」。メディアが先導する大衆の白痴化と同調して、私たちの社会が徐々に後退していることが、説得力のある語り口で明らかになる。380ページもの本だが、短いエッセイなのでどこからでも読めて、翻訳書なのに読みやすい。知の巨匠エーコの学際的な知識の深さ、さまざまな問題に縦横無尽に切り込み、鋭いアイロニーで論理的に分析してくれる力にあらためて感動した。本書は、まぎれもなく著者、翻訳者、編集者の知の饗宴だ。読み応えがある良書に感謝。普通は読み飛ばす註記にも一読の価値がある。