モディアノはほぼ2年に1作のペースで新作を発表しているので、処女作『エトワール広場』以降、作品数は30点に近い。
その大半を読んできたモディアノ・フリークとしていえば、本書は彼の作品中でも上位にランクされる。
本を閉じたとき、哀切きわまりない印象が残る秀作だ。
若い人妻ルキは家を出て、パリ六区にあるオデオン界隈のカフェに入り浸るようになる。
ある集会で知り合った若者とそのカフェに出入りし、そしてホテルを転々とした挙句、窓から身を投じてしまう。
そんな彼女の<記憶>を4人の話者が語る構成になっている。
最初の語り手は、彼女に思いを寄せる超エリート校の学生。
二番目は、ルキの夫から調査を依頼された探偵。
三番目は、ルキ自身の回想だ。
最後の話者は、ルキとホテル暮らしをした若者ロラン。彼には前作『血統書』に描かれた若き日のモディアノの姿が投影されている。
ここでモディアノ作品の特徴について一言しておけば、どの作品にもモヤに閉ざされているような印象が漂う。
通りの名前や季節、年月はちゃんと記されているのだが、しかし物語の輪郭はなかなか見えてこない。ぼんやりと霞んでいる。
読者は手さぐりしながら一歩ずつ作品世界に入っていかなければならない。
するとやがて、人びとの関係や出来事の背景が浮かび上がってくる。
そのとき読者は、すでにモディアノの<物語世界>に取り込まれている……。
本書でも、夫から逃げ去ったルキの少女時代の姿が浮かび上がってくると、もう途中で読みさすことはできない。
ルキは何におびえているのか。何から逃げようとしているのか。
その答えは謎に包まれたまま、彼女は越境に越境を重ねてパリの街をさまよい歩く……。
さて、訳者は本書の翻訳について、こう記している。
《自分のこれまでの小説の実作者としての経験が生かされる方針を考えた。それは語学的に正確な訳、というよりも、この作品を原文で読んだ時の自分の感動を伝える訳、だ》
そのせいか、ひとつのセンテンスがきわめて短い。原文の関係節はもちろん、コンマで区切られた文章にも、句点が打たれていることさえある。
最初、それがちょっと気になったが、読み進めるうちに慣れてきたのは訳文のテンポが整っているからか。
これはこれでいいのかもしれない。

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
失われた時のカフェで 単行本 – 2011/5/2
パトリック・モディアノ
(著),
平中 悠一
(翻訳)
ルキ、それは美しい謎。現代フランス文学最高峰にしてベストセラー……。ヴェールに包まれた名匠の絶妙なナラション(語り)を、いまやわらかな日本語で――。あなたは彼女の謎を解けますか? 併録「『失われた時のカフェで』とパトリック・モディアノの世界」。ページを開けば、そこは、パリ。 いまもまだ僕には聞こえることがある。夜、道で、僕の名前を呼ぶ声が。ハスキーな声だ。シラブルを少し引っぱった発音で僕にはすぐ判る。ルキの声だ。振り返る、でもそこにはだれもいない。夜だけじゃない。ひと気の引いたこんな夏の午後……でももうよく僕らには判らない、一体どの年の夏に自分がいるのか。もう一度、以前とおなじに全ては始まる。おなじ日々、おなじ夜。おなじ場所、おなじ出会い。《永遠のくりかえし》。(本書より)
- 本の長さ200ページ
- 言語日本語
- 出版社作品社
- 発売日2011/5/2
- 寸法13.8 x 2.3 x 19.6 cm
- ISBN-104861823269
- ISBN-13978-4861823268
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
商品の説明
著者について
パトリック・モディアノ(Patrick Modiano)小説家。1968年、La Place de l‘étoileでデビュー。1978年、ゴンクール賞(Rue des boutiques obscures)、1996年、フランス文学大賞(全作品)等々。『生きている最も偉大なフランス作家』とまで称される高い評価を不動のものとすると同時に、簡潔な文体と繊細な時間感覚で独特のミステリアスな作品世界を築き、現代フランス最高の人気を保つベストセラー作家でもある。邦訳に、『パリ環状通り』(講談社)、『暗いブティック通り』(講談社/白水社)、『ある青春』(白水社)、『カトリーヌとパパ』(講談社)、『イヴォンヌの香り』(集英社)、『サーカスが通る』(集英社)、『いやなことは後まわし』(パロル舎)、『1941年。パリの尋ね人』(作品社)、『廃虚に咲く花』(パロル舎)、『八月の日曜日』(水声社)、『さびしい宝石』(作品社)。1945年生まれ。 平中悠一(ひらなか・ゆういち)小説家。1984年、『She’sRain』で第21回文藝賞を受賞、デビュー。著書に『アイム・イン・ブルー』(幻冬舎)、『僕とみづきとせつない宇宙』(河出書房新社)、『ミラノの犬、バルセローナの猫』(作品社)、他。1965年生まれ。パリ大学修士課程修了。
登録情報
- 出版社 : 作品社 (2011/5/2)
- 発売日 : 2011/5/2
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 200ページ
- ISBN-10 : 4861823269
- ISBN-13 : 978-4861823268
- 寸法 : 13.8 x 2.3 x 19.6 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 582,300位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 905位フランス文学 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
17歳の時に執筆した『“She's Rain”』で第21回文芸賞を受賞しデビュー。
2010年よりパトリック・モディアノ(2014年ノーベル文学賞)他の翻訳にも取り組む。
パリ大学修士課程修了。ポッドキャストも始めました! spotify「平中悠一のポッドキャスト」https://spoti.fi/3Htr5q9
公式ホームページ https://yuichihiranaka.com
フェイスブック https://www.facebook.com/yuichihiranaka.page
ツイッター https://twitter.com/yuichihiranaka
インスタグラム https://www.instagram.com/yuichihiranaka
公式ポッドキャスト https://spoti.fi/3Htr5q9
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2019年12月31日に日本でレビュー済み
作品として比較的小さな作りなので、ヒロインのルキ自身も含む五つの語りの繋がりがより緊密な印象を受けます。
その五つの視点が描き出す総体が結局のところ空虚であったり、具体的な固有名詞の積み重ねの割に実は行間を読ませる曖昧さであったりがいかにもモディアノで、読後に深い余韻が残ります。
ただ、細かいことですが、たとえば会話の後に「僕は彼に言った。」と書けばいいところを、「彼に僕は言った。」と転倒させていて、幾度となく視点を見失ったことや、あるいは、カタカナの言葉の割合の多さなど、原文に当たることがかなわないので原文の雰囲気をそのままと言われれば返す言葉がありませんが、なかなか読みにくい文章でした。巻末に本書の四分の一を占める解説を付ける代わりに各ページに固有名詞や訳語に関する語注を施してくれた方が有用であるように思いました。
その五つの視点が描き出す総体が結局のところ空虚であったり、具体的な固有名詞の積み重ねの割に実は行間を読ませる曖昧さであったりがいかにもモディアノで、読後に深い余韻が残ります。
ただ、細かいことですが、たとえば会話の後に「僕は彼に言った。」と書けばいいところを、「彼に僕は言った。」と転倒させていて、幾度となく視点を見失ったことや、あるいは、カタカナの言葉の割合の多さなど、原文に当たることがかなわないので原文の雰囲気をそのままと言われれば返す言葉がありませんが、なかなか読みにくい文章でした。巻末に本書の四分の一を占める解説を付ける代わりに各ページに固有名詞や訳語に関する語注を施してくれた方が有用であるように思いました。
2015年3月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
素敵な小説。都会的小説。一流クラブのお姉さんとかいわしているよう。
2018年9月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
こんなひどい訳文は初めてだ。
「コンブロンヌのスクワールと、セギュールとデュプレックスのあいだのカルティエ。(p105)」
こんなんで訳と言えるのか?読んでいて非常にストレスを感じる。もう二度とこの訳者のものは読まない。
モディアノ好きだけに残念でならない。最悪だ。
「コンブロンヌのスクワールと、セギュールとデュプレックスのあいだのカルティエ。(p105)」
こんなんで訳と言えるのか?読んでいて非常にストレスを感じる。もう二度とこの訳者のものは読まない。
モディアノ好きだけに残念でならない。最悪だ。
2016年3月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
モディアノの名を知ったのは多分新聞の書評欄。検索してとりあえず
ほしい物リストへ登録。気が向いたら読みましょってかんじでした。
訳は読みやすかったし、僕:本作品の語り手のひとり、・・・という風に
登場人物の名前のリストが付いていて、とても親切。
セーヌ川左岸のカフェ、ル・コンデの人々、セーヌ川右岸のカフェ、
ル・コンテールの人々、という風にパリの雰囲気いっぱい。
これはきっと面白いよねって期待感で満ち溢れたものの、いざ読み始めると
その語り口の柔らかさ程先へは進まなかったんであります。
一応読み終わって意外と長い解説?が後ろに付いていて。P162に
「この作品は四人の語り手、ナラターによって語られる。・・・」とあります。
ナラター?って。検索の結果「話者」。ナルホドね。そうしてp174へ。
1人目は典型的なモディアノのナラターで~第2のナラターは~探偵、
第3のナラターは<なぞの女>ルキ自身、第4のナラターはルキの恋人。そう。
本作の主人公はルキ。男から見たらとっても魅力的なんでしょ。
そこがよくわかんない。一番じんときたのはルキの子供時代。夜になり母親が
勤めに出ると散歩する。その時だけが自由だったんだと思う。でも時に補導されちゃう。
母親呼ばれたり。警察官に送られて家に帰り窓から暗い外を見たり。朝までそこにいて
欲しいと願う。大人になって結婚しても家出しちゃう気持ちよくわかる。
「~私は私の夜の散歩を思い出す~」
「~逃げ去るとき、だれかの前から消え去っていく瞬間にだけ、私はほんとの私自身
だった~私のいい思い出は、みんな消え去った、逃げ去った思い出、それだけだった。」
「だれかをほんとうに愛した時は、そのひとの謎も受け入れなくちゃいけない・・・」
謎の集会の主催者:ギ・ド・ヴェールのコトバであります。
読みながらパリの地図があったらなぁとおもいました。
シンプルで単純で抑制の利いた・・・モディアノの世界だそうです。
とても日本的なのに日本ではあまり受け入れられないのが現実のようです。
「生きている最も偉大なフランス作家」
「現代フランス文学最高峰にしてベストセラー作家」
初めてのパトリック・モディアノでありました。
ほしい物リストへ登録。気が向いたら読みましょってかんじでした。
訳は読みやすかったし、僕:本作品の語り手のひとり、・・・という風に
登場人物の名前のリストが付いていて、とても親切。
セーヌ川左岸のカフェ、ル・コンデの人々、セーヌ川右岸のカフェ、
ル・コンテールの人々、という風にパリの雰囲気いっぱい。
これはきっと面白いよねって期待感で満ち溢れたものの、いざ読み始めると
その語り口の柔らかさ程先へは進まなかったんであります。
一応読み終わって意外と長い解説?が後ろに付いていて。P162に
「この作品は四人の語り手、ナラターによって語られる。・・・」とあります。
ナラター?って。検索の結果「話者」。ナルホドね。そうしてp174へ。
1人目は典型的なモディアノのナラターで~第2のナラターは~探偵、
第3のナラターは<なぞの女>ルキ自身、第4のナラターはルキの恋人。そう。
本作の主人公はルキ。男から見たらとっても魅力的なんでしょ。
そこがよくわかんない。一番じんときたのはルキの子供時代。夜になり母親が
勤めに出ると散歩する。その時だけが自由だったんだと思う。でも時に補導されちゃう。
母親呼ばれたり。警察官に送られて家に帰り窓から暗い外を見たり。朝までそこにいて
欲しいと願う。大人になって結婚しても家出しちゃう気持ちよくわかる。
「~私は私の夜の散歩を思い出す~」
「~逃げ去るとき、だれかの前から消え去っていく瞬間にだけ、私はほんとの私自身
だった~私のいい思い出は、みんな消え去った、逃げ去った思い出、それだけだった。」
「だれかをほんとうに愛した時は、そのひとの謎も受け入れなくちゃいけない・・・」
謎の集会の主催者:ギ・ド・ヴェールのコトバであります。
読みながらパリの地図があったらなぁとおもいました。
シンプルで単純で抑制の利いた・・・モディアノの世界だそうです。
とても日本的なのに日本ではあまり受け入れられないのが現実のようです。
「生きている最も偉大なフランス作家」
「現代フランス文学最高峰にしてベストセラー作家」
初めてのパトリック・モディアノでありました。
2013年7月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
あの時代、パリを訪れその時代の臭いを感じた経験のある者には(同世代の者には)、郷愁をもって読むことができる1冊。
2014年11月13日に日本でレビュー済み
主人公ルキを巡る5つの連作短編によるような構成。
カフェに集うルキに憧れるボエーム(フリーター?)の少年、美術出版者の男、ルキ、そしてその彼の4つの視点、4通りの一人称でルキと彼女を見つめる自分を語る。
ボエーム君は実はエリート校の学生だったり、美術出版者は探偵だったり、人々はみなカフェでは正体を偽っている。そしてルキも過去を皆には明かさない。
探偵は出てくるものの、もちろん他のモディアノ作品と同様に純粋な探偵小説とはいかない。
主要人物の表層の顔と本性が違うため、語り手が変わるたびに同じ人物も違って書かれることになる。
読者は人物ついて表裏の設定を行きつ戻りつ、矯めつ眇めつ読みとっていくことに、心地良い幻惑を感じるだろう。
つまり読者が探偵の眼と耳を借りて読み進めていくのではなくて、読者が状況を整理しながら読んでいく仕掛けになっている。
140ページほどの中編だけれど、共通の登場人物も多く何度も前にさかのぼってしまうことで厚みを感じさせられる、まさにモディアノの手練のすごいところ。
交錯する視点、行き来する時間、肝心なところにはほとんど触れないミニマリズムのような手法、もちろん平易で読みやすい文章。
そんな文体や構成など他のモディアノ作品と同じようだけれど、それでもまた他作品とは異にする技巧、印象の醸造にうまく到達しているとおもう。
モディアノ62歳の作品だけど、30代のころから変わっていないようでもあるけれど、深みは増している。
……ここからはほんとに蛇足
カルティエ、カルフール、ブルヴァール、トラウザーズ、ボールポイント、モールスキンの椅子、ナラション……、って、そういう仏単語のカタカナ表記はたしかにかっこいいかもしれないけど、翻訳なんだからさ、もう少しまじめに訳してほしいぜガルルル……。
翻訳者は原文に忠実であるべきか、それとも日本の読者に寄り添うべきか、どういう態度が望ましいんだろうねえと考えさせられてしまう。
そんなことを読者に考えさせる時点でNGなのではないかとも思う……。
モディアノ自体は☆5つだけれど、訳文と長すぎる訳者解説(50ページ)はどうだろうか。
カフェに集うルキに憧れるボエーム(フリーター?)の少年、美術出版者の男、ルキ、そしてその彼の4つの視点、4通りの一人称でルキと彼女を見つめる自分を語る。
ボエーム君は実はエリート校の学生だったり、美術出版者は探偵だったり、人々はみなカフェでは正体を偽っている。そしてルキも過去を皆には明かさない。
探偵は出てくるものの、もちろん他のモディアノ作品と同様に純粋な探偵小説とはいかない。
主要人物の表層の顔と本性が違うため、語り手が変わるたびに同じ人物も違って書かれることになる。
読者は人物ついて表裏の設定を行きつ戻りつ、矯めつ眇めつ読みとっていくことに、心地良い幻惑を感じるだろう。
つまり読者が探偵の眼と耳を借りて読み進めていくのではなくて、読者が状況を整理しながら読んでいく仕掛けになっている。
140ページほどの中編だけれど、共通の登場人物も多く何度も前にさかのぼってしまうことで厚みを感じさせられる、まさにモディアノの手練のすごいところ。
交錯する視点、行き来する時間、肝心なところにはほとんど触れないミニマリズムのような手法、もちろん平易で読みやすい文章。
そんな文体や構成など他のモディアノ作品と同じようだけれど、それでもまた他作品とは異にする技巧、印象の醸造にうまく到達しているとおもう。
モディアノ62歳の作品だけど、30代のころから変わっていないようでもあるけれど、深みは増している。
……ここからはほんとに蛇足
カルティエ、カルフール、ブルヴァール、トラウザーズ、ボールポイント、モールスキンの椅子、ナラション……、って、そういう仏単語のカタカナ表記はたしかにかっこいいかもしれないけど、翻訳なんだからさ、もう少しまじめに訳してほしいぜガルルル……。
翻訳者は原文に忠実であるべきか、それとも日本の読者に寄り添うべきか、どういう態度が望ましいんだろうねえと考えさせられてしまう。
そんなことを読者に考えさせる時点でNGなのではないかとも思う……。
モディアノ自体は☆5つだけれど、訳文と長すぎる訳者解説(50ページ)はどうだろうか。
2021年3月5日に日本でレビュー済み
他のレヴューで訳の問題が多数指摘されています。私はフランス語がわからないので、少し読みにくいなとは思いましたが、ストーリー自体は楽しめました。それにしても訳者による解説が長すぎ(55ページあります)。モディアノへの思い入れが強すぎるのも困りもの。モディアノ・ファンクラブの会報じゃあるまいし。編集者はいったい何をしていたのか?