【アベノミクスで表面上の好況が訪れていると言われるのに、庶民の可処分所得は上昇していない、それはなぜか?】
という問いに対して、
【富裕層や優良企業に好況の恩恵が集中し、彼らが金を溜め込んでいるから(=カネが日本全体に循環していないから)】
とストレートに答えを立て、統計や推論を使いながらこの回答を裏付けている内容の経済解説書です。
昨今のいわゆる「景気がよくなる」というのは、個々人の所得が向上するという意味ではなく、「低迷していた株価が上昇し、円安が進み、企業(主に輸出、金融、不動産)の収益が向上する」こととほぼイコールです。
本書によれば、重要なのは、この局面で潤うのが、企業と、株を保有している富裕層のみに偏ってしまうということです。獲得した富を使ってくれれば国民全体が二次的に潤うのですが、いかんせん、彼らは金を懐に入れたまま溜め込んでいるので、国全体に好況の果実が行きわたらないのだと論じています。
私は個人的には、日本の不況は内需不足(衣食住に関する消費がすでに高水準で満たされていて、それ以上欲しいものがあまり無い)と将来不安に対する予備的な動機に起因すると思っていたのですが、カネの循環という本書の視点も説得力があり、金額的にも企業の内部留保だけで300兆円程度の規模があるので、興味深く感じました。
以下、本書で述べられていた主なポイントです。
●小泉政権以降、好況とは株価の上昇、企業収益の向上を意味し、労働者の所得向上を意味しない。現に2000年以降、労働者の年収は20%も減っている。
●企業や富裕層はカネを稼ぐだけ稼いで溜め込み、使うことをしない。彼らの持つ数百兆円の金銭が消費されれば、それだけで国民全体が芋づる式に潤う。
●日本の法人税は高いとされているが、高いのは表面税率だけであり、合法的な節税や控除を考えれば、実質税率は非常に低いと考えられる。このことも、大企業の内部にカネが偏在する原因になっている。法人税の引き下げは、この偏在を強化し、よりカネ回りの悪い社会を招くので、景気回復の手段にはならない。
●むしろ、カネ回りを良くするためには、法人税を上げるべきである。
●「税率を上げると企業が海外へ移転する」という論調がよく聞かれるが、移転コストや日本市場へのアクセスの悪さを踏まえると、そのような企業が増加すると考えるのは早計である。
●また、法人税をできるだけ払わずに営業する企業ばかりになってしまえば、短期的には企業が潤うが、長い目で見れば平均的な労働者の所得を減少させ、日本市場の縮小を招くので、日本のためにならない。(そのような企業は、たとえ日本に残っていても有益ではないので、海外に出て行ってもらって問題ない)
●消費税は、労働者の実質所得を下げるので、消費を減少させ、景気回復の手段にはならない。
●日本の財政赤字が増えすぎた真の要因は、社会保障ではなく、90年代以降の過剰な公共事業である(2014年時点の約1000兆円の累積赤字のうち、600兆円以上が公共事業による支出、とのこと)
●真に景気を良くするためには、富裕層と企業が貯めている資産を日本全体に流すことが肝要なので、彼らの「ストック」に実質的な税をかけることが必要。
●そこで、案として無税国債を挙げている。無税国債とは、毎年1%ずつ減資していく国債で、メリットとして、無税国債を相続するときの相続税ゼロ、を提案している。この手法であれば、富裕層は相続税対策に相当量の無税国債を購入するだろうし、政府は実質的に返済しなくて良い(そのかわり、従来の相続税収入が減る)。
●ただ、無税国債はあくまで案であり、富裕層と企業の懐から、彼らが溜め込んだ資金を合理的に引き出すことができれば、方法は何でもいい。
・・・とのことです。
無税国債というのは面白い案だと思いますが、巻末で森永氏も書いているとおり、個人的には富裕層はそんなに積極的に買ってくれず、相続の直前に相続税対策として使われて終わり、という気がします。
ただ、どうせ使うアテもないのに大量のカネを溜め込んでいる一部の個人・法人から、そのお金を(彼らも損をしない形で)社会に循環させる、という視点は重要だと思われます。
全体的に、賛否はさておき、最初から最後まで「不況=カネ回りの悪さ」という仮説に1本筋が通っていて、非常に興味深く読むことができました。
そこまで難しい言葉も使われていないので、広く一般書として読める良本ではないでしょうか。

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
「新富裕層」が日本を滅ぼす (中公新書ラクレ 485) 新書 – 2014/2/7
金持ちの税負担はアメリカの半分以下!
世界の10%以上の資産を持っているのに、たった1億数千万人を満足に生活させられ ない国・日本。必要なのは経済成長や消費増税ではなく、経済循環を正しくすること なのだ。「富裕層」と「大企業」がため込んで、滞留させている富を引っ張り出し、 真に社会に役立てる方策を考える。
世界の10%以上の資産を持っているのに、たった1億数千万人を満足に生活させられ ない国・日本。必要なのは経済成長や消費増税ではなく、経済循環を正しくすること なのだ。「富裕層」と「大企業」がため込んで、滞留させている富を引っ張り出し、 真に社会に役立てる方策を考える。
- 本の長さ206ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日2014/2/7
- ISBN-104121504852
- ISBN-13978-4121504852
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (2014/2/7)
- 発売日 : 2014/2/7
- 言語 : 日本語
- 新書 : 206ページ
- ISBN-10 : 4121504852
- ISBN-13 : 978-4121504852
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,022,922位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 828位中公新書ラクレ
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2014年9月6日に日本でレビュー済み
2016年9月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
中身が綺麗でしたので読みやすく、機会がありましたら利用したいです。
2014年6月12日に日本でレビュー済み
個人の実質的な所得税率(世界統計白書2012年版より)
日本 7.2%
アメリカ 12.2%
イギリス 13.5%
ドイツ 12.6%
フランス 10.2%
2007年の厚労省のデータによれば、開業医の院長の平均年収は3055万円、国立病院の院長の年収は1425万円、国立病院の勤務医の年収は1211万円となっている。開業医の年収が高いのは、税制上の優遇措置があることも大きい。通常、どんな事業主でも、事業から得た収入から経費を差し引いた分に課税されるが、開業医の場合は、実際の経費が多かろうと少なかろうと、無条件に売上の72%が経費として認められている。さらに、開業医は事業税も免除されている。開業医がこれほど優遇されているのは、開業医の団体である日本医師会が自民党の有力な支持母体であることが大きい。
財務省の統計によれば、アメリカ企業の内部留保金の総額は2010年末時点で162兆円である。一方、日本企業の同時期の内部留保金は220兆円である。アメリカの経済規模は日本の2倍程度なので、経済規模で考えると、日本企業はアメリカ企業の3倍の内部留保を抱えていることになる。
現在の日本の法人税は高いので、税率を下げようという動きがあるが、法人税には多くの抜け道がある。その最たるものは研究開発費減税である。これは、2003年から導入されたもので、研究開発をした企業はその費用の10%分の税金を減らすものである。この限度額はその会社の法人税額の20%とまでなっている。日本の法人税の実効税率は約35%だが、この制度によって法人税を最大5%少なくできる。
アメリカでは1975年からEITC(Earned Income Tax Credits)という制度により、課税最低限度に達していない世帯は税金を納める必要がなく、逆に支援のために補助金を受けられる。例えば年収が1万ドル(約100万円)の世帯では、年間40万円程度の補助金が貰える。これは生活保護とは別の制度で、子供を持つ家庭に限られる。
読売新聞の渡邉恒雄が著書「反ポピュリズム論」の中で提唱する国債とは、相続税をゼロにする代わりに、利子ゼロあるいはマイナスの金利を付けることである。例えば、1億円の国債を購入しても、利子がマイナス10%だったら、償還時に9000万円しか償還されない。一見不利に見えるが、相続税は50%なので、この国債を買えば相続税を納める必要がなくなるので、富裕層にはマイナス10%の国債でも得をすることになる。
日本 7.2%
アメリカ 12.2%
イギリス 13.5%
ドイツ 12.6%
フランス 10.2%
2007年の厚労省のデータによれば、開業医の院長の平均年収は3055万円、国立病院の院長の年収は1425万円、国立病院の勤務医の年収は1211万円となっている。開業医の年収が高いのは、税制上の優遇措置があることも大きい。通常、どんな事業主でも、事業から得た収入から経費を差し引いた分に課税されるが、開業医の場合は、実際の経費が多かろうと少なかろうと、無条件に売上の72%が経費として認められている。さらに、開業医は事業税も免除されている。開業医がこれほど優遇されているのは、開業医の団体である日本医師会が自民党の有力な支持母体であることが大きい。
財務省の統計によれば、アメリカ企業の内部留保金の総額は2010年末時点で162兆円である。一方、日本企業の同時期の内部留保金は220兆円である。アメリカの経済規模は日本の2倍程度なので、経済規模で考えると、日本企業はアメリカ企業の3倍の内部留保を抱えていることになる。
現在の日本の法人税は高いので、税率を下げようという動きがあるが、法人税には多くの抜け道がある。その最たるものは研究開発費減税である。これは、2003年から導入されたもので、研究開発をした企業はその費用の10%分の税金を減らすものである。この限度額はその会社の法人税額の20%とまでなっている。日本の法人税の実効税率は約35%だが、この制度によって法人税を最大5%少なくできる。
アメリカでは1975年からEITC(Earned Income Tax Credits)という制度により、課税最低限度に達していない世帯は税金を納める必要がなく、逆に支援のために補助金を受けられる。例えば年収が1万ドル(約100万円)の世帯では、年間40万円程度の補助金が貰える。これは生活保護とは別の制度で、子供を持つ家庭に限られる。
読売新聞の渡邉恒雄が著書「反ポピュリズム論」の中で提唱する国債とは、相続税をゼロにする代わりに、利子ゼロあるいはマイナスの金利を付けることである。例えば、1億円の国債を購入しても、利子がマイナス10%だったら、償還時に9000万円しか償還されない。一見不利に見えるが、相続税は50%なので、この国債を買えば相続税を納める必要がなくなるので、富裕層にはマイナス10%の国債でも得をすることになる。
2014年4月13日に日本でレビュー済み
日本の経済・財政の問題は金がないことではなく金が循環しないことだ。
そこで、富裕層が抱え込んだGDPの3倍の1,500~1,600兆円の個人金融資産と、企業の内部留保を吐き出させるアイデアとして、毎年1%ずつ目減りしていく無税国債の発行を著者は提示する。
富裕層の相続対策として、企業には内部留保に2、3%の内部留保課税を行うことでこの国債は買われ、国債残高が毎年目減りしていくという。
確かに検討する価値のある手段のように思える。もちろん日本社会の利権構造や、無責任な政治家と官僚による無駄遣いがなくならなくては何をやっても変わらないのだが。
そこで、富裕層が抱え込んだGDPの3倍の1,500~1,600兆円の個人金融資産と、企業の内部留保を吐き出させるアイデアとして、毎年1%ずつ目減りしていく無税国債の発行を著者は提示する。
富裕層の相続対策として、企業には内部留保に2、3%の内部留保課税を行うことでこの国債は買われ、国債残高が毎年目減りしていくという。
確かに検討する価値のある手段のように思える。もちろん日本社会の利権構造や、無責任な政治家と官僚による無駄遣いがなくならなくては何をやっても変わらないのだが。
2015年5月10日に日本でレビュー済み
日本の貧困社会の現実を直視することになり、官僚、政治家に読ませたい一冊です。