読みたかった本を安価に購入出来て、本の状態も綺麗で良かったです。
ありがとうございました。
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歎異抄の謎 (祥伝社新書 188) 新書 – 2009/12/15
五木 寛之
(著)
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多くの人たちに読み継がれ、いまだ謎の多い歎異抄。それどころか読めば読むほど謎が深まる、それでいて、一度取りつかれると、もうそこから離れられない不思議な魅力を持つこの希有の書をあらためて読みとく。書き下ろしエッセイに、五木「私訳」、原文、対談、資料を加えて構成。
なぜ、いま、『歎異抄』なのか(著者のことば)
『歎異抄』には、数多く、というより、数限りない入門書や解説書があります。それぞれ真摯な思索と、感動にみちた本ばかりです。
しかし、肝心なところが、どうしてもわからない。たぶん自分に問題があるのだろうと諦めながら、いまひとつすっきりしない。まま、日を重ねてきました。
『歎異抄』には、人の心をぎゅっと素手でつかむような魅力があります。しかし、くり返し読むたびに、わからなくなってくる不思議な本でもあります。
一度そのあたりを正直に検討してみたい、と考えたのが、この文章を書くことになったきっかけです。
なぜ、いま、『歎異抄』なのか(著者のことば)
『歎異抄』には、数多く、というより、数限りない入門書や解説書があります。それぞれ真摯な思索と、感動にみちた本ばかりです。
しかし、肝心なところが、どうしてもわからない。たぶん自分に問題があるのだろうと諦めながら、いまひとつすっきりしない。まま、日を重ねてきました。
『歎異抄』には、人の心をぎゅっと素手でつかむような魅力があります。しかし、くり返し読むたびに、わからなくなってくる不思議な本でもあります。
一度そのあたりを正直に検討してみたい、と考えたのが、この文章を書くことになったきっかけです。
- 本の長さ224ページ
- 言語日本語
- 出版社祥伝社
- 発売日2009/12/15
- ISBN-104396111886
- ISBN-13978-4396111885
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商品の説明
著者について
1932年(昭和7年)福岡県生まれ。生後間もなく朝鮮にわたり平壌で終戦を体験、47年引揚げ。早稲田大学中退後、編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、76年『青年の門 筑豊編』ほかで吉川英治文学賞を受賞。主な著書に『風に吹かれて』『朱鷺の墓』『戒厳令の夜』『蓮如』『大河の一滴』『他力』『林住期』『人間の関係』『遊行の門』『人間の覚悟』など。02年に菊池寛賞、04年に仏教伝道文化賞を受賞。最近刊に『人間の運命』がある。09年、長編小説 『親鸞』を発表。
登録情報
- 出版社 : 祥伝社 (2009/12/15)
- 発売日 : 2009/12/15
- 言語 : 日本語
- 新書 : 224ページ
- ISBN-10 : 4396111886
- ISBN-13 : 978-4396111885
- Amazon 売れ筋ランキング: - 443,628位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 410位祥伝社新書
- カスタマーレビュー:
著者について
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1932年、福岡県生まれ。66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、76年『青春の門・筑豊編』ほかで吉川英治文学賞を受賞(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 愛について (ISBN-13:978-4591117514)』が刊行された当時に掲載されていたものです)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2013年12月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
原文は難しいですが、作者の解釈はすんなり入ってきました。私の中では、浄土真宗の考える阿弥陀如来とキリスト教の救い主が重なりました。(私はミッションスクール出身なので)
2013年5月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
最初から「歎異抄」を読んだって少々難解です。五木さんご自身が疑問持ちつつ、解きほどしながら読者と共に説明してくれる本です。新書だからポケットに入れて外出もでき、時々開いては再読できるのも良いですよ。
2023年1月15日に日本でレビュー済み
五木弘之の歎異抄現代語訳
浄土真宗、親鸞の考えが記述されている。
20世紀の哲学の終点である、相対主義、行為のメタプロセス化の先になかった人間の救いを示している
仏陀の考えが進められている、1000年前にここに到達している。現代にまったく色あせない。むしろ現代的。恐ろしいぐらいに
直接的には、浄土教と仏教は開きを感じる。
ただ、確かにつながっている。
ただ念仏でのみが救済というのは
縁起の考え方、自力で生きているという欺瞞への答えのひとつ
ただ生きていることの肯定。
どうしようもなく理不尽な正への真?の意味での肯定。
ただ、他力を信じる。他力に活かされている、恩恵を受けていることを素直に認める気持ちだけが救いということか
有限の身では善悪など分らない、よいことをして浄土へいくという考え方は、何がよいかが分っている前提
すごい深い。西洋哲学の色んな本に書いてあることの終点があるようにおもう。
ただ、周囲なり世界に生かされている自分を感じ、信じることだけが真
相対主義への、ひとつの答えか
浄土真宗、親鸞の考えが記述されている。
20世紀の哲学の終点である、相対主義、行為のメタプロセス化の先になかった人間の救いを示している
仏陀の考えが進められている、1000年前にここに到達している。現代にまったく色あせない。むしろ現代的。恐ろしいぐらいに
直接的には、浄土教と仏教は開きを感じる。
ただ、確かにつながっている。
ただ念仏でのみが救済というのは
縁起の考え方、自力で生きているという欺瞞への答えのひとつ
ただ生きていることの肯定。
どうしようもなく理不尽な正への真?の意味での肯定。
ただ、他力を信じる。他力に活かされている、恩恵を受けていることを素直に認める気持ちだけが救いということか
有限の身では善悪など分らない、よいことをして浄土へいくという考え方は、何がよいかが分っている前提
すごい深い。西洋哲学の色んな本に書いてあることの終点があるようにおもう。
ただ、周囲なり世界に生かされている自分を感じ、信じることだけが真
相対主義への、ひとつの答えか
2014年9月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
なかなかの書籍でした。
蓮如が加筆挿入したとは真実に近い指摘と思いました。
蓮如が加筆挿入したとは真実に近い指摘と思いました。
2013年5月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
いまだ良くは理解できないが、自分の本を手にとって、最後まで読むことができたことは、すごいことだと感激。
いつの日にか、もう一度、読んでみようと思う。
いつの日にか、もう一度、読んでみようと思う。
2013年9月4日に日本でレビュー済み
歎異抄だけではないが、仏教書や古典など重要で指標的な書物とされるものはなかなか手に取りづらく、まして全て読み終えるのは
結構苦労が多いものだ。
そんなことから一般の人に読みやすいよういろいろな人による現代語訳がなされ、手に取りやすい新書などの体裁で出される。この本も
その一冊であり、確かに表題に「謎」を付ける必要がそれほどあったとは思えないし、「五木訳で歎異抄を読む」で十分だったと思う。
ただこの本は、全く初めて手に取った私のような人間にとってもすんなり全文を読み通すことができたし、お堅く言葉の解釈や教理・理屈を
くどくど述べて読み続けるのが嫌になり放りだすような本でなかったのは有難かった。
歎異抄の解釈への深入りは、この種の新書に期待されるものでもないし、全文を読みきるためにはいい本だと思う。
結構苦労が多いものだ。
そんなことから一般の人に読みやすいよういろいろな人による現代語訳がなされ、手に取りやすい新書などの体裁で出される。この本も
その一冊であり、確かに表題に「謎」を付ける必要がそれほどあったとは思えないし、「五木訳で歎異抄を読む」で十分だったと思う。
ただこの本は、全く初めて手に取った私のような人間にとってもすんなり全文を読み通すことができたし、お堅く言葉の解釈や教理・理屈を
くどくど述べて読み続けるのが嫌になり放りだすような本でなかったのは有難かった。
歎異抄の解釈への深入りは、この種の新書に期待されるものでもないし、全文を読みきるためにはいい本だと思う。
2011年2月14日に日本でレビュー済み
五木氏は親鸞の半生を描いた
親鸞 (上) (五木寛之「親鸞」)
だけでなく
私訳 歎異抄 という五木訳と原文を並べたハードカヴァーの本も出しているのに、
なんでまた新書のかたちで出したんだろう。
今新書ブームで、各出版社は月何冊というノルマがあるんじゃなかろうか。
そのノルマを果たすのに、内容重複だけど、ちょっとおまけの対談なんかつけて、
先生ひとつお願いします、ということで出したんじゃないかな。
別に目新しいことが書かれている本じゃありません。
ただ最初の章で五木氏が書かれていることは、面白く読みました。
現在は数百年に1度のパラダイム転換期。(これは経済界・思想界、いろんな方が言ってる事です)
ルネサンス以来のヒューマニズムが終焉をむかえている、鬱の時代。(これは氏のオリジナル?)
だから時代はドフトエフスキィを求め、歎異抄を求める。
ヒューマニズムの終焉というところに、成る程と感じ入りました。
神が死に(勝手に殺すなって言われても…ニーチェに文句いってください)
人間が死に(生物学的に滅びるという意味ではありません)
そのあと、なにが来るっていうんでしょう!
歎異抄は第13章(章っていっていいのかな?)が私には一番興味深いです。
歎異抄での悪の問題は、宿業ということが曖昧なままでは、語れません。
でも宿業って、歎異抄の中では現代人には一番ぴんとこない言葉じゃないのかな。
以前テレビで、「なんで人を殺しちゃいけないんですか」って訊いた高校生がいたらしいですが、
その場に親鸞聖人がいらしたら、なんてお答えになったでしょうね。
きいてみたいなぁ。
私訳 歎異抄 という五木訳と原文を並べたハードカヴァーの本も出しているのに、
なんでまた新書のかたちで出したんだろう。
今新書ブームで、各出版社は月何冊というノルマがあるんじゃなかろうか。
そのノルマを果たすのに、内容重複だけど、ちょっとおまけの対談なんかつけて、
先生ひとつお願いします、ということで出したんじゃないかな。
別に目新しいことが書かれている本じゃありません。
ただ最初の章で五木氏が書かれていることは、面白く読みました。
現在は数百年に1度のパラダイム転換期。(これは経済界・思想界、いろんな方が言ってる事です)
ルネサンス以来のヒューマニズムが終焉をむかえている、鬱の時代。(これは氏のオリジナル?)
だから時代はドフトエフスキィを求め、歎異抄を求める。
ヒューマニズムの終焉というところに、成る程と感じ入りました。
神が死に(勝手に殺すなって言われても…ニーチェに文句いってください)
人間が死に(生物学的に滅びるという意味ではありません)
そのあと、なにが来るっていうんでしょう!
歎異抄は第13章(章っていっていいのかな?)が私には一番興味深いです。
歎異抄での悪の問題は、宿業ということが曖昧なままでは、語れません。
でも宿業って、歎異抄の中では現代人には一番ぴんとこない言葉じゃないのかな。
以前テレビで、「なんで人を殺しちゃいけないんですか」って訊いた高校生がいたらしいですが、
その場に親鸞聖人がいらしたら、なんてお答えになったでしょうね。
きいてみたいなぁ。