最近の大学生の学力が低下したということは、大学教員の間では、大きな声で語る必要もないほどの自明の理である。その例として「東大では~」と語るのは、問題を極小化するだけであると思っていた。所詮東大で学力が低下したと言っても、たかがしれていると思っていたからだ。この著者は予備校教師の立場で、東大入学希望者の学力低下を多くの例をあげて説明している。彼のあげる具体例はその低下ぶりを、英語に関して、見事に切り取っている。
同時に著者は英語教員の勉強不足に言及している。大学入試問題に苦労するレベルの教員が多いとの指摘である。この点は、知っているひとは知っているが、今まで言及されることはタブーとされてきた。その問題に気持ちよく踏み込んでいる。上記2点に関する指摘には知的興奮を覚えた。
本書の後半になると、大学に対する批判が増えてくる。著者は大学教育の低迷ぶりにおいて、大学は確信犯であると考えているようだ。研究に力を入れるあまり教育に注意を注がない教員がいると考えているからだ。しかしこの点はもう当てはまらないのではないか?現在の大学教員は校務が忙しすぎて、研究も教育も時間不足のまま見切り発車しているのが現実だ。大学との比較において、予備校の価値を見直している著者だが、大学とはそれほど「叩き甲斐のある」存在ではなくなっている。
教育について強い意見を持つ著者が、長年の主張を豊かな文章力で表現している。一読をお勧めする。

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誰がこの国の英語をダメにしたか (生活人新書 13) 新書 – 2001/12/1
澤井 繁男
(著)
- 本の長さ221ページ
- 言語日本語
- 出版社NHK出版
- 発売日2001/12/1
- ISBN-104140880139
- ISBN-13978-4140880135
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商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
英会話ブームはあいかわらず活況であるが、英語力を増進させる「読み」「書き」能力ははなはだ貧困な状態にある。それは英語を学ぶ生徒の意欲が薄れ、教師の情熱と能力が失われてしまったからではないか。予備校講師が語る。
登録情報
- 出版社 : NHK出版 (2001/12/1)
- 発売日 : 2001/12/1
- 言語 : 日本語
- 新書 : 221ページ
- ISBN-10 : 4140880139
- ISBN-13 : 978-4140880135
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,203,895位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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上位レビュー、対象国: 日本
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2005年5月8日に日本でレビュー済み
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英文を大学入試で「和訳」できるだけが、英語力じゃないはず。
英語を英語で考えるレベルにいる、バイリンガルや多読派の日本人英語学習者も存在するし、そういった大学生も増えてきているわけだから、著者の担当する東大クラスの学生が入試問題の和訳ができなくなっただけで、「日本人の英語がダメになった」とはいえないのでは?とにかく、データ不足。
大学の授業もコミュニケーション重視になってきているし、日本・国際社会のニーズを考えると、抽象的な英文を日本語に移し変えるだけが、英語力とはいえないはず。
英語を英語で考えるレベルにいる、バイリンガルや多読派の日本人英語学習者も存在するし、そういった大学生も増えてきているわけだから、著者の担当する東大クラスの学生が入試問題の和訳ができなくなっただけで、「日本人の英語がダメになった」とはいえないのでは?とにかく、データ不足。
大学の授業もコミュニケーション重視になってきているし、日本・国際社会のニーズを考えると、抽象的な英文を日本語に移し変えるだけが、英語力とはいえないはず。
2004年1月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この著者、受験のプロと自ら称しながら、受け持ちの学生が雑談に興味を持たない、基本的な単語や文法を知らないなど、とにかく泣き言ばかり並べます。ところが一方で、大学や高校の教員に対しては、生徒の身の丈に合った授業を展開してやれ、と言われますから呆れます。金を出せば誰だって予備校に入れる以上、いかなる学生をも受け入れる覚悟をした上で「予備校」と冠しているはずだし、それら学生、つまり顧客のニーズに応えるのがそもそも予備校の役割でしょう。著者自身、今や予備校は受験界、ひいては教育界の王様たる存在、のようにも言われますからなおさらのことです。ある章にて東大クラスの学生の能力低下について書いていますが、その判断材料たるや、ぴっくり仰天。まぁ読まれてのお楽しみですが、ここまで自分の世界を貫けるのだからある意味大したものです。それは能力低下などではなく、単にできる生徒がそのよう授業を避け始めたからなのでは、とも考えてしまいます。話題が方々に飛んだり、独善的な一般化が散見されたりと、まるで日記ですね。とにかく、ぜひご一読を。書名の解答が得られることうけ合いです。