ホームビデオのような、
映像のはじまりは、
「大丈夫か?」と心配になりますが、
あれよあれよと、
その先が気になるまま、
どんなラストシーンになるかと
期待が膨らみます。
そして、
最後の主人公の一言が、
私にとっては衝撃的でした。
後味のとても良い映画です。
生き物は、
必ず最後は死ぬという宿命がありながら、
その過程では、
何かを目指し、進んでいく。
そんな生き物の、
不思議な習性を、
ひとりの人間の人生を通して
見事に表現していると思います。
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ピュ~ぴる [DVD]
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購入オプションとあわせ買い
フォーマット | ワイドスクリーン, 色 |
コントリビュータ | 西川貴紘, ピュ~ぴる, 吉良山健一, 船本賢悟, 松永大司, 茂野雅道, 近藤龍人 |
言語 | 日本語 |
稼働時間 | 1 時間 33 分 |
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登録情報
- アスペクト比 : 1.78:1
- 言語 : 日本語
- 製品サイズ : 40 x 15 x 30 cm; 83.16 g
- EAN : 4944285022219
- 監督 : 松永大司
- メディア形式 : ワイドスクリーン, 色
- 時間 : 1 時間 33 分
- 発売日 : 2012/7/6
- 出演 : ピュ~ぴる
- 字幕: : 英語
- 販売元 : ブロードウェイ
- ASIN : B007V6OCBO
- 原産国 : 日本
- ディスク枚数 : 1
- Amazon 売れ筋ランキング: - 7,600位DVD (DVDの売れ筋ランキングを見る)
- - 27位日本のドキュメンタリー映画
- - 327位日本のドラマ映画
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
星5つ中4.5つ
5つのうち4.5つ
3グローバルレーティング
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2013年5月10日に日本でレビュー済み
「ピュ〜ぴる」。単語を音読し、語感からなんともいえない不安定さを読み取る。謎なタイトルである。これはある人物の愛称である。今や正式名称ともいうべきか。
ピュ〜ぴるは、現代美術作家である。彼女は体と心の性の不一致を持つ、いわゆる「性同一性障害」(上映後のトークショーでピュ〜ぴるはこの単語をあまり肯定的には捉えていないと言っていたが)を有している。そんなピュ〜ぴるの創作活動やプライベートを長らく追ったドキュメンタリーが本作。監督は彼女の長年の友人である松永大司。
タイトルのみならず、作品自体も非常に危うく不安定だ。完成度も高くない。それでも奇妙なバランスをもってして人に「響く」。それはピュ〜ぴるの心象風景に酷似している。アンバランスでアンヴィヴァレンツで、留まらない。安定せず、変わり続ける。そして奇妙に人の心にぐさりと刺さる。
そのような不安定さがもたらす「変化」が、この映画の重要な鍵だと考える。もう少し突っ込んで書くと、この作品は「4つの変化」に彩られている。
1つ目の変化は、作品。ピュ〜ぴるの最初の「作品」は、無邪気な変身願望を投影したゲイパーティでの奇抜な仮装であった。周囲の反応も所謂「奇人」としての評価。だが美意識は磨かれていく。初めての個展を経て、徐々に他者の視線を内包していくことで、仮装は作品に昇華されていき、ピュ〜ぴるは奇人から芸術家へと認められていく。
2つ目の変化は、身体。体と心の性の不一致を内的に発見しはじめたピュ〜ぴるは、女性の体に近づこうと様々な手段を試みる。化粧から始まり、ホルモン注射、レーザー脱毛、整形、そしてついに去勢手術に至る。(映画では触れられていないが、その後タイで性転換手術を受け、戸籍も女性になっている)
3つ目の変化は、家族。作品が作品としての輪郭を帯びてくるにつれ、初めは少々呆れ気味だったピュ〜ぴるの家族のまなざしが変わっていく。早い段階から率先して創作活動を手助けしてきた兄はもちろん、やがては両親も理解者となり、そして心強い応援者となっていく。
4つ目の変化。何を隠そう撮り手である監督自身である。ピュ〜ぴるに触発されるかのように、松永監督も、半分素人の友人代表からプロフェッショナルな監督へと変わっていく。お父さんのホームビデオのように不安定で無根拠な構図が徐々に洗練されていき、作品はドキュメンタリーとして着実にレベルアップしていく。松永監督はトークショーの中で「なるべく客観的、フラットであることを意識した」と語っている。確かに客観性は映像としてある程度担保されているように見える。しかし客観性の「質」に注目してみれば、無自覚さからくる客観性がプロフェッショナルな客観性へと変化したことを容易に感じ取れる。
これら「4つの変化」が奇妙なシナジーをもって相互に補完しあい、作品のコンセプトをより強固なものにしている。
クライマックスである横浜トリエンナーレのショー。映像で担保されていた客観性は、編集では崩れ、非常に確信犯的なものとなっている。だが「それがどうした」と鼻で笑うように、ピュ〜ぴるのパフォーマンスが心を打つ。彼女は高い場所で衣装を脱ぎ捨て、裸身を見せ、自身の内的変化を表現する。
そして最後の変化は、もちろん観客自身の内部に潜む。観た人間の何らかの意識の変化によって、この映画は明確な意味を持つことになるし、より価値を持つことになる。
ピュ〜ぴるは、現代美術作家である。彼女は体と心の性の不一致を持つ、いわゆる「性同一性障害」(上映後のトークショーでピュ〜ぴるはこの単語をあまり肯定的には捉えていないと言っていたが)を有している。そんなピュ〜ぴるの創作活動やプライベートを長らく追ったドキュメンタリーが本作。監督は彼女の長年の友人である松永大司。
タイトルのみならず、作品自体も非常に危うく不安定だ。完成度も高くない。それでも奇妙なバランスをもってして人に「響く」。それはピュ〜ぴるの心象風景に酷似している。アンバランスでアンヴィヴァレンツで、留まらない。安定せず、変わり続ける。そして奇妙に人の心にぐさりと刺さる。
そのような不安定さがもたらす「変化」が、この映画の重要な鍵だと考える。もう少し突っ込んで書くと、この作品は「4つの変化」に彩られている。
1つ目の変化は、作品。ピュ〜ぴるの最初の「作品」は、無邪気な変身願望を投影したゲイパーティでの奇抜な仮装であった。周囲の反応も所謂「奇人」としての評価。だが美意識は磨かれていく。初めての個展を経て、徐々に他者の視線を内包していくことで、仮装は作品に昇華されていき、ピュ〜ぴるは奇人から芸術家へと認められていく。
2つ目の変化は、身体。体と心の性の不一致を内的に発見しはじめたピュ〜ぴるは、女性の体に近づこうと様々な手段を試みる。化粧から始まり、ホルモン注射、レーザー脱毛、整形、そしてついに去勢手術に至る。(映画では触れられていないが、その後タイで性転換手術を受け、戸籍も女性になっている)
3つ目の変化は、家族。作品が作品としての輪郭を帯びてくるにつれ、初めは少々呆れ気味だったピュ〜ぴるの家族のまなざしが変わっていく。早い段階から率先して創作活動を手助けしてきた兄はもちろん、やがては両親も理解者となり、そして心強い応援者となっていく。
4つ目の変化。何を隠そう撮り手である監督自身である。ピュ〜ぴるに触発されるかのように、松永監督も、半分素人の友人代表からプロフェッショナルな監督へと変わっていく。お父さんのホームビデオのように不安定で無根拠な構図が徐々に洗練されていき、作品はドキュメンタリーとして着実にレベルアップしていく。松永監督はトークショーの中で「なるべく客観的、フラットであることを意識した」と語っている。確かに客観性は映像としてある程度担保されているように見える。しかし客観性の「質」に注目してみれば、無自覚さからくる客観性がプロフェッショナルな客観性へと変化したことを容易に感じ取れる。
これら「4つの変化」が奇妙なシナジーをもって相互に補完しあい、作品のコンセプトをより強固なものにしている。
クライマックスである横浜トリエンナーレのショー。映像で担保されていた客観性は、編集では崩れ、非常に確信犯的なものとなっている。だが「それがどうした」と鼻で笑うように、ピュ〜ぴるのパフォーマンスが心を打つ。彼女は高い場所で衣装を脱ぎ捨て、裸身を見せ、自身の内的変化を表現する。
そして最後の変化は、もちろん観客自身の内部に潜む。観た人間の何らかの意識の変化によって、この映画は明確な意味を持つことになるし、より価値を持つことになる。
2013年7月1日に日本でレビュー済み
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生きることにひたむきな女の子の話です。
男の子でも女の子でも生きていかなければいけなくて、生きることに向き合ってる姿は人としてとても素敵です
男の子でも女の子でも生きていかなければいけなくて、生きることに向き合ってる姿は人としてとても素敵です