『悪の華』は『最後の賭け』と並んで軽やかなクロード・シャブロル(個人的にこういうタッチ好きです)。
「サスペンスに特化したシャブロルと言われますが、本作などはちょっとジャンル分けしづらい。何というのか内容がもっと豊か。それが筋がわかり謎が明かされた後もまた見て楽しめる理由のひとつのようです。
また、シャブロルの映画はどれも食事シーンがすごく楽しめますが、本作は格別! 海の別荘近くのレストランで、2ダースか3ダースほどもありそうな大皿の生牡蠣にレモン・・・「辛口のいいのがあるよ。」と髭のマスターがワインをおすすめの食事シーンと来たら!涎なしには見られない(笑)。いろんなディテールにとても見所が多いから何度見ても嬉しくなってしまう。
サスペンス・ミステリ的ではあっても、本作は「犯人は誰?」というものではないし、「why?(「犯行」の動機)」を単純に探るものでもない。ミシェル(メラニー・ドゥテー)の終盤の状況も、かつてのリーヌおばさん(スザンヌ・フロン)の事件も共に事故のようなもの。特にミシェルは正当防衛だと思います。
しかし「正当」ではあっても、ミシェルとフランソワ(ブノワ・マジメル)の母アンヌ(ナタリー・バイ)がこの町の政界に本格的にうって出よう!という今(すでに、この一族の3世代に渡るまるで呪われたようなできごとを暴く怪文書が出回っているのに、その上さらに何かあっては)とても困る・・・
この呪われた状況を逆手に取ったような、リーヌおばさん(アンヌの叔母、ミシェルとフランソワの大叔母、正式名はミシュリーヌ)の機転を効かしたとっさの判断によって「現在」の一族みんなを救い、かつ、ミシュリーヌの兄フランソワ(ミシェルの兄と同じ名)とミシュリーヌの父親(ミシェルとフランソワの曽祖父)の絡む事件により深い闇に封じられてしまったミシュリーヌの人生が、やっと解放へと導かれるラスト・・・
「リーヌおばさんのとっさの判断」・・・もし現実であればこれはまず上手くは行かないと思います。が、本作はミステリ・サスペンスタッチのゴシック的な物語であってリアリズムの物語ではなく、神話やギリシャ悲劇などと共通の基盤のようなものを持つという意味で、神話の系譜の物語(探偵小説と呼ばれるものもこちらだと思います)。
< 内容に触れます。ネタバレもしています。>
● 1つ目の呪い・・・1944年の事件。
● 2つ目の呪い・・・リーヌおばさんの姉夫婦(アンヌの父母)が亡くなった1958年の事件。
● 3つ目の呪い・・・アンヌの夫(ミシェルの実父)でフランソワの父ジェラールの弟(フランソワの叔父)と、ジェラールの妻(フランソワの母)とが同時に亡くなった1981年の事故(その後、アンヌとジェラールがそれぞれ娘ミシェルと息子フランソワを連れて結婚。2つの資産家が結びつき、「兄」フランソワ、「妹」ミシェルとなる)。←少々複雑です。
3つの呪い(事件、事故)を経て、一族が今の家族にまとまったような「現在」のお話なのですが・・・
「3代」をずっと見て来たこのお邸と海の別荘の中でそれは語られ、時折リーヌおばさんの脳裏に楽しかった遠い昔の日々や、3つのできごとの断片が蘇り・・・過去からの時間の中に美しい二組の兄と妹が重なりあってしまうそこに・・・相当に野心家なミシェルの母アンヌと、選挙参謀のマチュー(トマ・シャブロルがいい味出している)の存在や、実はフランソワと血のつながりのなかった「父」ジェラール(憎まれ役を一手に引き受け少々気の毒な父役のベルナール・ル・コク。「最低なヤツ」と吐き捨てるように言うリーヌおばさんは、彼女の父と重ね合わせているようですが、本当にイヤなヤツに見えてしまうという意味でたいへん好演)。
そして何と言っても!スザンヌ・フロンのミシュリーヌに尽きます。
アクの強い歪んだ性格の女の人を美しい女優さんが演じていて面白いことが多いシャブロルの映画ですが、それとひと味もふた味も違う純粋で可愛らしく背がとても小さい。本来なら悲劇のヒロインそのものなのに、ラストの「転換」で自他共に鮮やかに救ってみせるスーパー・ヒロインの満面の笑みが見たくてまた本作をみてしまう。
シャブロルの映画は(すごいシーンがあると言うのでもないのに)かなりエロティックなことも多いけれど・・・本作は十分になまめかしいが、ブノワ・マジメルとメラニー・ドゥテーの、お邸でのシーン、海の別荘シーンなども綺麗でおしゃれ、映像が美しい(のはここだけではありませんが)。
ふたりのセリフのやり取りに、マルグリット・デュラスの『アガタ』(これも兄と妹、海の別荘の物語)のセリフと少し似たムードがあるのも素敵。 「コーヒーがうまい」「パンはあたたかい」・・・