冒頭の風景描写から、ぶったまげた。これ、誰の視点なんだ? いわゆる「神の視点」とも違う。まるでシナリオのト書きみたいだ。
サラッと読むには向いているが、深読みしてやろうと思ったら、ボルダリングすら不可能なコンクリートの壁が立ち塞がる。
何だかそんな感じ。
この小説の第一章(新潮文庫版で14ページある)では、女の名前が分からない。
男の名前は分かる。女が「佐々さん」と呼び掛けているからである。
この第一章の視点は「『夢を見た』と言う夢を見ている私」みたいな所に置かれているのではなかろうか。
なお、女の名前が杉子だと言う事は「第二章 二」で明かされる。この二人が、食欲と性欲を剥き出しにするシーンでである。
私は映画版を観るのが怖い。佐々=伊丹十三はともかく、杉子=桃井かおりだもんなあ。
ちなみに、映画「夕暮まで」が公開されたのは1980年である。翌1981年公開の映画「ええじゃないか」(今村昌平監督)で、桃井は「江戸時代のストリップ嬢」みたいな役で怪演している。殺しても死にそうにない女の役だった。桃井は、そういう役が板に付く人なのである。こんな人に「中年男に開発される処女」の役が務まるものなんだろうか。
また、新潮文庫版63ページで佐々の「妻」が顔を出したのには驚き呆れた。同じく72ページでは、直子と言う中学二年の娘さんが居る事も明かされる。
これ、一応「不倫小説」だったのか? いや、何をもって「不倫」と定義すべきなのか、頭を抱えてしまった。
どこから、どこまでが「不倫のストライクゾーン」なのか知らないが、「女の体型が変わってしまう」ような事はやっているのだ。男の言い方を借りれば「結局、どうなったって、他人同士」の「猥褻な関係」である。(新潮文庫版98ページ)これじゃ、カミサンに「女を買うのも浮気のうち。風俗浮気だ」と叱られる方が、遥かにスッキリする。
ここで挙げるのは場違いかもしれないが、菊池寛の元祖ドロドロ系メロドラマ小説『真珠夫人』の事を、ふと思い出した。「こじらせた処女崇拝の犠牲者」と言う意味では、杉子も、マダム・パールこと壮田瑠璃子も、同じ土俵に立たされているのではなかろうか。
まあ、壮田瑠璃子は「処女のまま死んで、周囲は『なぁんだ』とシラケる」という最悪のエンディングを迎えるが、杉子の方は「やる事はやった」のだから「めでたし、めでたし」と言うべきなんだろう、多分。
なんだかクサし過ぎた。以下では誉めよう。いや、誉めるよう努めよう。
本作は、どことなく現代詩と似ている。この透明で硬質な一枚ガラスみたいな雰囲気が。単語ひとつで百のイメージを励起させる削り込んだ言葉選びが。
セックスの最中に女の品定めをしているようなシーン(新潮文庫版157~158ページ)でも、余りいやらしさが無い。(私は今、渡辺淳一を念頭に置いて物を言っている。)猥褻自体ではなく、猥褻と言う観念について書いているように感じる。それが、どこから来るのか、私には未だ分からないが。
もしかしたら「物凄く読みやすい前衛小説」なのでは、なかろうか?
「『虚人たち』を代表とする筒井康隆の前衛小説にも似ているような気がする」と言ったら、吉行ファンにも筒井ファンにも怒られそうな気がする。
「小林秀雄『青の時代』の問題作『女とポンキン』にも似ている」と言ったら、小林秀雄ファンも、まるごと敵に回しそうである。
もしも本作のマネっ子して新人賞に応募したら、下読み段階でハネられそうだ。「人物の掘り下げが足りない」と言ったコメントを付けられて。
まあ、私の評価はともかくとして、こんな凄い人の小説をパススルーしていた我が身の不明は恥じなければならない。
以下は蛇足ながら、この小説の漢字カナ遣いは独特で興味深かった。
たとえば「しているところなの」「お出かけなの」「そう、なぜかな」「そうおもいながら」(新潮文庫版72~73ページ)
これらを「して居る所なの」「お出掛けなの」「そう、何故かな」「そう思いながら」と表記していたら、別の小説に成っていたかもしれない。
その反面、交通検問で自分を取っ捕まえた警官の事は「小柄で顴骨(かんこつ)の目立つ顔立ち」と形容している。「ほお骨のはった顔だち」と言った柔らかい表現はせず、字画からしてゴツゴツした「顴」と言う難字を当てているのである。そう言えば「縺」「躇」「跼」「躙」と言ったメンド臭い漢字を、時々ポンと使うのである、この小説は。
こうした言葉選びと言う点でも、良い勉強に成る小説だった。
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夕暮まで (新潮文庫) 文庫 – 1982/5/27
吉行 淳之介
(著)
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22歳の杉子に対して、中年男の佐々の怖れと好奇心が揺れる。
二人の奇妙な肉体関係を描き出す、野間文芸賞受賞作。
若い男女のパーティに、幾人かの中年男が招かれる。その一人、佐々は会場で22歳の杉子をホテルへ誘う。処女だという彼女は、決して脚を開かせない代りに、オリーブオイルを滴らせた股間の交接、フェラチオ、クニリングスは少しも厭わない。こうして中年男と若い娘の奇妙な愛は展開していく。しかし事の結末は呆気なくおとずれる。
人間の性の秘密を細密に描き上げた一幅の騙し絵(トロンプ・ルイ)。野間文芸賞受賞。
【目次】
一章 公園で
二章 網目のなか
三章 傷
四章 夜の警官
五章 血
六章 すでにそこにある黒
七章 夕暮まで
解説:川村二郎
【本書「解説」より】
別の喩えを用いるなら、ここにひろげられたのは、細密に描きこまれた一幅の欺(だま)し絵なのだ、といっていいだろうか。全体は、一つの風景として、島なら島とまず一目で分る。しかし部分を丹念に見てゆくと、それが島のどこに当るのか、どうしてこれが島の上にあるのか、といったことが一々気がかりになってくる。それは現実と思われたものが徐々に夢に近づくのを感ずる経験にひとしいが、夢といえば、第一章、冒頭の「公園で」が、はっきり夢の情景として提示されていることの意味を考えねばならない。……
――川村二郎(文芸評論家)
吉行淳之介(1924-1994)
岡山市生れ。東京大学英文科中退。1954(昭和29)年「驟雨」で芥川賞を受賞。性を主題に精神と肉体の関係を探り、人間性の深淵にせまる多くの作品がある。また、都会的に洗練されたエッセイの名手としても知られる。主要作品は『原色の街』『娼婦の部屋』『砂の上の植物群』『星と月は天の穴』(芸術選奨文部大臣賞)『暗室』(谷崎賞)『夕暮まで』(野間賞)『目玉』等。
二人の奇妙な肉体関係を描き出す、野間文芸賞受賞作。
若い男女のパーティに、幾人かの中年男が招かれる。その一人、佐々は会場で22歳の杉子をホテルへ誘う。処女だという彼女は、決して脚を開かせない代りに、オリーブオイルを滴らせた股間の交接、フェラチオ、クニリングスは少しも厭わない。こうして中年男と若い娘の奇妙な愛は展開していく。しかし事の結末は呆気なくおとずれる。
人間の性の秘密を細密に描き上げた一幅の騙し絵(トロンプ・ルイ)。野間文芸賞受賞。
【目次】
一章 公園で
二章 網目のなか
三章 傷
四章 夜の警官
五章 血
六章 すでにそこにある黒
七章 夕暮まで
解説:川村二郎
【本書「解説」より】
別の喩えを用いるなら、ここにひろげられたのは、細密に描きこまれた一幅の欺(だま)し絵なのだ、といっていいだろうか。全体は、一つの風景として、島なら島とまず一目で分る。しかし部分を丹念に見てゆくと、それが島のどこに当るのか、どうしてこれが島の上にあるのか、といったことが一々気がかりになってくる。それは現実と思われたものが徐々に夢に近づくのを感ずる経験にひとしいが、夢といえば、第一章、冒頭の「公園で」が、はっきり夢の情景として提示されていることの意味を考えねばならない。……
――川村二郎(文芸評論家)
吉行淳之介(1924-1994)
岡山市生れ。東京大学英文科中退。1954(昭和29)年「驟雨」で芥川賞を受賞。性を主題に精神と肉体の関係を探り、人間性の深淵にせまる多くの作品がある。また、都会的に洗練されたエッセイの名手としても知られる。主要作品は『原色の街』『娼婦の部屋』『砂の上の植物群』『星と月は天の穴』(芸術選奨文部大臣賞)『暗室』(谷崎賞)『夕暮まで』(野間賞)『目玉』等。
- 本の長さ184ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日1982/5/27
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- ISBN-104101143110
- ISBN-13978-4101143118
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登録情報
- 出版社 : 新潮社 (1982/5/27)
- 発売日 : 1982/5/27
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 184ページ
- ISBN-10 : 4101143110
- ISBN-13 : 978-4101143118
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 233,789位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2022年5月30日に日本でレビュー済み
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パパ活や女風、パトロンと女性の関係の文脈で、この度改めて注文して読了した。全編通して、ぼかしというか、ファジィな人間関係模様です。学生時代、もっと、すっと内容が頭に入った感覚があった。しかし、中年の今は、非常に難解な小説のように感じた。それだけ、現実社会に染まったからかもしれない。名作であることには相違ない。再読にも値する1冊でもあった。ロリータモデル、痴人の愛モデル、そうした小説が好みなら、ぜひ、今の時代風景で読んで欲しいです。
2018年2月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
オリーブオイルがこのように使われるとは予想できず、序盤からびっくりしてしまいました! 色んな用途に使えるとは知っていましたがここまで汎用性が高いなんて。もうオリーブオイルを普通の目で見ることができません!
いつか好きな人のスーツの内ポケットからオリーブオイルの小瓶が出てきたらどうしようかと思うと夜も眠れません。
いつか好きな人のスーツの内ポケットからオリーブオイルの小瓶が出てきたらどうしようかと思うと夜も眠れません。
2017年10月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
20代の頃読んだ本です。最近になって内容がよく思い出せないので、探したところ、見つかったのですぐ読みました。あの頃とは違った感じがしました。文学的と言えるのではないでしょうか。
2005年10月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
かたくなに処女性を守り抜こうとするヒロインと逢瀬を重ねる中年男の物語。境界線があるようでないようなふたりの情欲の揺れるさまが、研ぎ澄まされた筆致で綴られています。短い会話やさりげない仕草の描写に、その奥に隠されたものの気配を感じ取られることでしょう。語られないことによって、より饒舌さを増すこともあります。たまたまこの本を読む前に団鬼六の小説を読んだのですが、ふたりは性愛へのアプローチの仕方がまさに対極に位置するのではないでしょうか。「動と静」・・・そんな言葉が浮かんできました。
2013年6月23日に日本でレビュー済み
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これも 何かに書いてあったので 読んでみたいと 思っただけです。
面白くない。
面白くない。
2017年6月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
吉行淳之介のファンです。キンドルで活字を拡大して読書再開しました。
2020年11月22日に日本でレビュー済み
処女厨の処女と処女厨の中年オヤジの不倫のお話。
こう書くといかにも通俗的だが、通俗に堕することなく小説として仕上げられるのは吉行淳之介ならではの筆力
こう書くといかにも通俗的だが、通俗に堕することなく小説として仕上げられるのは吉行淳之介ならではの筆力