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すごく抽象的で漠然とした表現になってしまうが、「ヨーロッパ的」、いや「ヨヲロツパ的」と表記した方が似つかわしい、ほの昏いロマンチシズム漂う曲が聴きたい気分になる時がある。
夜の闇の中、ぼんやりと照らされた街灯の下を、石畳の冷たさを足元に感じながら歩を進めると、路地裏の奥の暗がり・・・とある地下室で繰り広げられる、ひそやかな集会が今宵も幕を開ける・・・。
いや、もっとわかり易く言ってしまうと、このアルバムジャケットのイメージをそのまま音楽にしたような曲。どこにでもありそうで、でも探してみると意外と見つからない、でもどこかにあるはずの曲。
The Triffids のアルバム『The Black Swan』は、まさにそんな曲をちりばめたアルバムだ。
いきなり大上段に振りかぶってしまったが、実はこのアルバム、曲のバリエーションがかなり豊富で、次々と変化していく万華鏡のような構成になっている。ノスタルジックな曲からヒップホップに、ジャジーな曲、タンゴ、フォーク、かと思うとガーリー・ポップ、ロック・・・ここまで自由奔放なアルバムにはそうそうお目にかかれない（笑）。
１曲目の「Too Hot to Move, Too Hot to Think」は、洋上に浮遊する蜃気楼、決して手が届かない幻影を追いかけ続けているような、白昼夢のようなメロディーではじまる曲。
３曲目の「Falling Over You」は、テクノとラップを融合したような曲。かと思うと、「Goodbye Little Boy」は、女性ヴォーカルによるキュートなガーリー・ポップ。「Bottle of love」は、ちょっとノスタルジックでメルヘンチックでハッピーな曲、と変幻自在。
そして、このジャケット写真の雰囲気に浸りたい方にオススメなのが、７曲目の「Butterflies into Worms」“♪〜 少年少女たちよ、俺のしくじりから教訓を学ぶといい・・・”という歌詞で始まるこの歌は、人生の敗残者が酒場の暗がりの中で今宵も酔いつぶれて、在りし日の幻影の中でまどろんでいるような歌だ。“俺はあらゆる手品を知っていた、しかし今はもう、蝶を芋虫に変える手品しか覚えていない・・・”
そして続く８曲目の「The Clown Prince」でアドレナリンが急沸。タンゴのリズムで繰り広げられるオブセッション。スポットライトに浮かび上がった道化の王子は、悪臭に満ちた世界の上空で綱を渡り、掃き溜めに漂着した疲れきった人々は、彼の踊りと曲芸に嗤い、ほんのひとときこの世の憂さを忘れる・・・。“♪〜 金曜の夜が空を覆い尽くすと、男も女も手取りの給料を酒に変える。カスが流れ出せばクズが流れ込み、どんなに掃いてもカウンターの下から決して掃き出せない。この涙にあふれた世界、秘密の場所で・・・道化の王子に１ドルのお恵みを。１ドルであなたのしかめ面を笑顔に変えるよ・・・”
１２曲目の「Black-Eyed Suzan（黄ひなぎく。花の中心が黒い）」も退廃的なムード抜群の曲。“♪〜 お前は俺の秘密の黄ひなぎく。漂流する船。くるくる回るコンパス。歯の折れた聖女・・・お前は俺の使い古しの代用硬貨。役立たずの通貨。ぐらぐらのプラスチック製ジーザス。海上に輝く俺の星・・・”
The Triffids トリフィッズは、オーストラリア出身のグループ。'７７年に前身となるバンドが結成され、中心的存在のデビッド・マッカム含む３人でスタート。'８２年にメンバーが入れ替わりつつ５人に増え、「The Triffids」としてインディーズで活動開始。'８０年代中頃に、ロンドンに活動拠点を移しさらに一人加わり、'８７年にアイランドからメジャーデビュー最初のアルバム『Calenture』を発表。続く『The Black Swan』は、メジャー２枚目のアルバムに当たる。
グループ名のトリフィッズの由来が気になっている方もいると思うが、ご想像の通り、あのＳＦ作家ジョン・ウィンダムの「トリフィド時代」（隕石と共に飛来した宇宙植物が人間を襲う'５０年代のＳＦ小説）から取られている。
こうしたグループ名をつけるだけあって、デビッド・マッカムによる歌詞は風変わりで独特だ。
例えば、６曲目「The Spinning Top Song」では、
♪〜 “俺はくるくる回るコマ。俺は回転花火。サイドショー・マニア。鋼鉄のリボン。さあ、俺の歌の歌詞に耳を澄ませ。俺は決して消え去らない。なぜって、もうすでに存在していないからさ。ユーフー！イェイ、イェイ、イェイ、ヨーデレヒーホー！”
とある街での少女の失踪を歌った１１曲目「One Mechanic Town」では
♪〜 “She sank without a trace in a little mechanic town”＝跡形もなく消えた、という表現に「sank」つまり沈んだ（あるいは潜った）という言葉を使う。直訳すると、
“彼女は機械仕掛けの小さな街で、何の痕跡も残さずに沈んで消えた”さらに後半では“彼女は、柳の木から泳いで行ったのだろうか、ガラクタの中を”という歌詞もある。
はっきり言って、変（笑）。まるでボリス・ヴィアンの小説を読んでいるような感じだ。
トリフィッズのフロントマン、デビッド・マッカムのインタビュー記事は「うわごと」とタイトルをつけられたり、相当変わった人らしい。
ちょっと脱線するが、前作『Calenture』（このアルバム名も、船乗りが長い航海の末に、海原が草原に見えて飛び込んでしまう幻覚のことらしい）でも、雪山で遭難して死んだ登山家が、神に向かって「我を慈悲深き御手に抱き給う」と懇願するシュールな「Burry Me Deep in Love」（でもメロディーは最高にロマンティック！）。大英博物館に陳列されているミイラの独り言を歌った「Jerdacuttup Man」。女に捨てられた男の身体に次々と穴が開いていき、やがて存在そのものまで消えようとしている心境を歌った「Vagabond Holes」など、歌詞が独創的だ（笑）。オーストラリア時代には、都市から何百キロも離れた羊小屋でレコーディングを行ったりと、とにかくラディカル（？）なグループである。
とは言え、前アルバムは、オーソドックスで聴き心地の良いロック・ポップス系の楽曲だったが、『The Black Swan』ではゲストミュージシャンを招き、とにかく型にはまらないアルバム作りを目指している。特に、最初期のメンバーだったフィリップ・カクラスが復帰＆作曲に参加している「Bottle of Love」「Butterflies into Worms」「The Clown Prince」「Black-Eyed Suzan」は前アルバムからは想像がつかない異色の楽曲で、この４曲が本アルバムのイメージを形作ってると言ってもいい。ギターやキーボードといった定番から、バズーキやアコーディオン、バンジョー、チェロと、楽器も多彩。
他にも、メキシコのオペラ歌手、リタ・メンデズがバック・コーラスに参加していて、「The Clown Prince」の最初と最後のスペイン語の語りを担当、ミステリアスな雰囲気を生み出すのに成功している。唯一の女性メンバー、ジル・バートがヴォーカルを担当する「Goodbye Little Boy」「Good Fortune Rose」のガーリーな味わいも捨てがたい。
アルバムタイトルの「The Black Swan（黒い白鳥）」は、西オーストラリア州の州鳥でもあるのだが、実はトーマス・マンの小説から取られたものだという。だからヨーロッパ的なイメージが強いのだ。以前筆者は、ある伝説的な酒場の名前を引用したと聞いた事があるのだが、それがトーマス・マンの小説の中に出てくるのだろうか。残念ながらネットで調べた限りでは詳しいことは判らなかった。
トリフィッズは日本での知名度は低く、ＣＤショップ全盛の'９０年代でもワゴンセールで投げ売りに近い価格で売られていた。現在、中古市場でもかなりリーズナブルな値段で手に入るのは幸いだ。
そんなトリフィッズも大分前に解散してしまい、デビッド・マッカムは'９９年に他界。
2003年に、オーストラリアでかつてのメンバーが集結してトリビュート・ライブが行われたらしいが、現在はみなそれぞれ違った職業に就いていて、再結成の可能性はないようだ。残念。せめて遺されたアルバムに聞き惚れようではないか。
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