「武士道」という言葉には、日本人の心に根付く特別な精神世界を思わせる響きがあるが、著者曰く、この言葉は明治30年代になって急速に持て囃されるようになったと言う。
即ち、今、私達が思い浮かべる「武士道」というものは、実は後世になって多少なりとも歪曲され、美化され、そしてイメージだけが一人歩きしてしまった側面があるのだ。
そこで「武士道精神」を最も端的に表すとも言える、喧嘩、敵討ち、無礼討ちの三点に照準を合わせ、正しく「武士が生きた時代の武士道」を解明しようと試みたのが本書であり、非常に読み応えがあった。
先ず、第一に喧嘩であるが、本書では主に「喧嘩両成敗」の概念について考察している。
如何なる場合に「両成敗」と認識され、また、如何なる場合にこれが成立しないのか…。
更には「言葉の暴力」、即ち「悪口」も喧嘩と同等であり、ここにもまた、許される口論と許されない口論とが存在したと言うのだ。
「喧嘩口論禁止令」に始まり、そこから生まれた「痛み分け」の理念、そして何よりも、こうした思案があってこそ武家社会の均衡が保たれたという経緯が良く解る。
特に、本書では「指腹」ーつまり、誰かに遺恨あって切腹し、その刀を相手に送ると受け取った人物も同じく切腹しなければならない…等という制度があった事についても具体的に言及しているので、非常に勉強になった。
さて、次に挙げる「敵討ち」については、赤穂事件を始め、様々な仇討ち事件を取り上げている。
敵討ちを行なうに当たって必要な「事務手続き」や決行後の処理について解説している所は雑学的で面白いし、更には、本来の仇討ちの姿ー即ち、もともとは目上の者の恨みを晴らす事こそが敵討ちであったが、後には、男色を含めて弟分の仇を討つ事も行われるようになった…という変遷についても解説しているので、武家社会に於ける「敵討ち」の全貌が具に解り、中々興味深かったように思う。
そして最後に「無礼討ち」だ。
勿論、武士と言えども、決して全てが「切り捨て御免」で通用する訳ではない。
そこには、それ相応の理由がなくてはならないのであり、本書はその理由や経緯について徹底的に網羅しているのだ。
また、日本史の授業等でも必ず取り上げられる「生麦事件」等、外交問題についても触れているのは特筆に価する。
当時の幕府が武士と外国人…即ち、全く習慣が違う両者の対応に苦慮した背景等が整然と纏められているので、時代の波に飲まれ行く武士の姿を髣髴とさせられずにはいられなかった。
以上が主な概要であるが、本書はとにかく実際に起こった事件の具体例を紹介しながら内容を分析し、その一つ一つについて非常に丁寧な論述を行なっている。
勿論、本書の性格は極めて学術的ではあるのだが、その内容には親しみ易さもあり、全くの素人でも充分に理解し得るのではなかろうか。
こうした意味に於いて、誰にでも幅広くお勧め出来る一冊である。
本書を読むと、改めて武士にとって一番重んじられたのが「名誉」だったという事がよく解る。
争い、裁定、周囲の理解…その全てが「名誉」を基準に構築されているのだ。
「武士は喰わねど高楊枝」という表現があるが、これは「見栄」ではなく、寧ろ「名誉」と捉えるべきなのかもしれない。
「華道や茶道なら解るが、武士道って何だろう」…と思ったら、迷わず本書を手に取るべき。
何故に「武士“道”」なのか…本書はきっと、そんな素朴な疑問に答えてくれるであろう。

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武士道考: 喧嘩・敵討・無礼討ち (角川叢書 35) 単行本 – 2007/3/1
谷口 眞子
(著)
武士の喧嘩・敵討ち・無礼討ちが意味するものとは? そして武士道とは何か
武士と武士、武士と百姓・町人との、喧嘩・敵討・無礼討ちの豊富な事例を通して、近世社会の身分秩序意識、武士が考える武士道と「家」の名誉、そしてその変質を詳細に明らかにする。
武士と武士、武士と百姓・町人との、喧嘩・敵討・無礼討ちの豊富な事例を通して、近世社会の身分秩序意識、武士が考える武士道と「家」の名誉、そしてその変質を詳細に明らかにする。
- 本の長さ279ページ
- 言語日本語
- 出版社角川学芸出版
- 発売日2007/3/1
- ISBN-104047021350
- ISBN-13978-4047021358
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登録情報
- 出版社 : 角川学芸出版 (2007/3/1)
- 発売日 : 2007/3/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 279ページ
- ISBN-10 : 4047021350
- ISBN-13 : 978-4047021358
- Amazon 売れ筋ランキング: - 340,951位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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