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情と理 -カミソリ参謀回顧録- 上 (講談社+α文庫) 文庫 – 2006/6/21
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購入オプションとあわせ買い
「そもそも、『カミソリ』を形成したものは何だったのだろうか。本人が生れ持った資質の他に、何が作用したのだろうか」(下巻・「解説」より)
筑紫哲也氏(ジャーナリスト)推奨!
中曽根内閣の官房長官で辣腕を振るい、歴代の政権にも隠然たる影響力を持った男・後藤田正晴――混乱する政局を舌鋒鋭く斬り、“カミソリ”の異名を取った彼の直言は、各界から幅広い支持を得てきた。そんな著者が自らの波瀾の人生を振り返った、貴重な戦後政官界の秘史が本書である。上巻は、軍隊時代から内務省、警視庁などを経て、警察庁長官、田中角栄内閣の官房副長官を歴任し、田中派議員として台頭するまでを収録している。
※本書は、1998年6月に小社より刊行された『情と理――後藤田正晴回顧録』に一部加筆・修正を加えたものである。
筑紫哲也氏(ジャーナリスト)推奨!
中曽根内閣の官房長官で辣腕を振るい、歴代の政権にも隠然たる影響力を持った男・後藤田正晴――混乱する政局を舌鋒鋭く斬り、“カミソリ”の異名を取った彼の直言は、各界から幅広い支持を得てきた。そんな著者が自らの波瀾の人生を振り返った、貴重な戦後政官界の秘史が本書である。上巻は、軍隊時代から内務省、警視庁などを経て、警察庁長官、田中角栄内閣の官房副長官を歴任し、田中派議員として台頭するまでを収録している。
※本書は、1998年6月に小社より刊行された『情と理――後藤田正晴回顧録』に一部加筆・修正を加えたものである。
- 本の長さ448ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2006/6/21
- 寸法10.8 x 1.8 x 15.2 cm
- ISBN-10406281028X
- ISBN-13978-4062810289
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商品の説明
著者について
ごとうだ・まさはる―1914年、徳島県美郷村(現吉野川市)に生まれる。1939年、東京帝国大学法学部卒業。2005年9月19日、91歳で死去。1976年に衆議院議員に徳島全県区より初当選、以後7期連続当選。その間、法務大臣、副総理などを歴任。中曽根内閣では他派閥である田中派から官房長官に異例の抜擢をされ、以降通算3期を勤めた。鋭い舌鋒や認識力からカミソリ後藤田とあだ名され、長く権力の中枢に在った。内閣危機管理室の創始者としても知られる。
みくりや・たかし―1951年4月27日、東京都に生まれる。東京大学先端科学技術研究センター教授。専門は、日本政治史。東京大学法学部卒業後、同助手、東京都立大学法学部教授、政策研究大学院大学教授を経て、現職。東京都立大学名誉教授。アメリカ流のオーラル・ヒストリーの手法を日本に持ち込んだ。1996年、『政策の総合と権力』でサントリー学芸賞、1997年に『馬場恒吾の面目』で吉野作造賞を受賞した。
みくりや・たかし―1951年4月27日、東京都に生まれる。東京大学先端科学技術研究センター教授。専門は、日本政治史。東京大学法学部卒業後、同助手、東京都立大学法学部教授、政策研究大学院大学教授を経て、現職。東京都立大学名誉教授。アメリカ流のオーラル・ヒストリーの手法を日本に持ち込んだ。1996年、『政策の総合と権力』でサントリー学芸賞、1997年に『馬場恒吾の面目』で吉野作造賞を受賞した。
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2019年4月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
オーラルヒストリー物には、ヨイショしっ放しや茶話で終わっているものが多いですが、御厨さんがよく勉強されていて進行が的確なので、たいへん読みやすい。本人も噛んで含めるように語っておられます。まるで私が語りかけられているよう。内務省解体後の警察組織構築の過程や治安に関する考え方、自衛隊の位置づけなどとてもわかりやすく解説されています。後藤田さんは良識の政治家でした。今、こういった役割を果たす政治家がいないことが残念。政治家には普通の庶民的良心を持ってもらいたいと切に願う。
2008年4月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ページ数多いので、読むのに抵抗あるが、
読んでみると、官僚、警察、政治家の立場がどういうものか分かり、
読み応え十分の内容であった。
後藤田さんを、何人もの首相が
懐刀とした理由が分かる気がする。
また、本書には様々な事件の内情が述べられているが、
真摯に事にあたっているように思える。
(多少、美談となっているかもしれないが)
厳しいことを、言っているのだけれど、
情を感じるのは、やはり後藤田さんの人柄なのかと感じる。
こういった、人間味があり、骨のある政治家は今の時代には、
出てくることはないのかなと、嘆いてしまうが…
お薦め本です。
読んでみると、官僚、警察、政治家の立場がどういうものか分かり、
読み応え十分の内容であった。
後藤田さんを、何人もの首相が
懐刀とした理由が分かる気がする。
また、本書には様々な事件の内情が述べられているが、
真摯に事にあたっているように思える。
(多少、美談となっているかもしれないが)
厳しいことを、言っているのだけれど、
情を感じるのは、やはり後藤田さんの人柄なのかと感じる。
こういった、人間味があり、骨のある政治家は今の時代には、
出てくることはないのかなと、嘆いてしまうが…
お薦め本です。
2019年11月4日に日本でレビュー済み
私にとって、現代の官僚・政治家で最も興味ある人物は、後藤田正晴です。その後藤田の約2年半、27回、60数時間に及ぶオーラル・ヒストリーをまとめた『情と理――カミソリ後藤田回顧録』(後藤田正晴著、御厨貴監修、講談社+α文庫、上・下)で、とりわけ目を惹くのは、後藤田が語る率直な人物評です。
昭和26年、朝鮮戦争の最中にダグラス・マッカーサーが国連軍司令官を解任されたことについて尋ねられて、こう答えています。「まさに政治が軍人を支配しているという印象でしたな。とてもあれだけの戦争の功労者を、トルーマンという選挙を経ていない大統領、大統領が死んで副大統領から昇格した人が、マッカーサーの首が切れるなんていうことは、やはりアメリカという国は素晴らしい国だという気がしました、率直に言って。ぼくらの常識では切れない。選挙を経た大統領であれば別だけれど、選挙の洗礼を受けていない人ですね。偉いなあという気がしたね。そして、軍人はひとことも文句を言わなかったな」。マッカーサーを解任したのは、トルーマンが大統領選挙に勝利した後のことだから、一部、後藤田に勘違いがあったようだが、この一節から、後藤田がアメリカの凄さを実感したことが生き生きと伝わってきます。
田中角栄について。「僕は田中角栄先生の子分だと今でもいう人がたくさんおりまして、まさにその通りだけれど。説明して陳情するときに、あの人ぐらい早く中身を飲み込む人はいない。理解が早い、そして即決する。わかった、と言ったら必ず実行してくれている。どれで難しいことになると、あの人は、できない、とは言わないんだね。『それは後藤田君、難しいぞ、しかしやってみるわ』と言う。それでやってくれる。あの人は見通しが確かなものだから、難しいぞ、というときはできないことが多い。できることもある。必ず努力してくれる。そして必ず結果の報告が事前にある。この人ぐらい頼りになる人はなかったね」。
岸信介の総理就任について。「僕は個人的には、戦犯容疑で囚われておった人が日本の内閣の首班になるというのは一体どうしたことかという率直な疑問を持ちました。文字通り統制経済の総本山の方ですよね。そして中央集権主義的な行政のあり方、政治の主張、これを色濃く持っている方ですから。私はたまさか課長から局長のとき、あの人の幹事長時代にお会いしたことがありまして、大変な素晴らしい能力の方だという印象を持つとともに、率直なところ、いま言ったような気持ちを持っていました。これは、戦争に対する反省がないからです。それが、いまにいたるまでいろいろな面で尾を引いている。・・・ですから、岸さんが総理になったときは、これはいかがなものか、と思いました」。現在の安倍政権のやり様を予言しているかのような発言です。
福田赴夫と田中角栄の人柄について。「両方とも好きだな。片方は役人上がりだし、片方は天衣無縫で天才的なひらめきの人ですから、まるきり違う。だけれども両方とも人を惹きつけるところがあった。福田さんもひょうひょうとして人を惹きつけるところがありましたよね。あれはいい人だな、と思うね、僕は。話が非常にしやすい人。田中さんとまったく同じだ。・・・福田さんは温かい感じがする人だな。だから僕は野沢の福田さんの家にはときどき行きましたよ」。二人の一番違う点は、と問われて、「片方は、すべて話に飛躍がない、というよりは論理的に行くね。片方はパッパッと飛躍する。それが見当違いにならないんだ、角さんは。僕らからみると奇想天外の発想をすることがあるな。よく考えてみるとなるほどなという感じだね。福田さんの方は理詰めの話ですね。それで非常に温かみがある人だ。やはり僕は政治家の中では優れた人だと思うな」、
田中角栄の中曽根康弘評について。「私が選挙に初めて当選した昭和51年から52年頃には、中曽根さんが総理総裁になれるという声はほとんどなかったんです。派閥の長ではありましたけれどね。それなのに、僕が田中さんに、『中曽根さんは総理大臣になれますかいな』と聞いたところ、『それはきみ、三木君がなったんだよ、中曽根君はなれるよ』と言下に言った。しかし、その時はこうも言ってました。『総理大臣というものは、なりたいと思ってなれるポストではないよ、これは運がつきまとうな』と。ということは、田中さん自身は、やはり同期生として中曽根さんをずっと見続けていますから、派閥としては対立する派閥だったけれども、中曽根さんを評価しておったということは間違いありませんね」。
後藤田自身の中曽根評について。「少数の派閥で党内基盤は弱いんですよ。にもかかわらず、5年間という、佐藤内閣、吉田内閣に次ぐ戦後長期の内閣の記録を作ってそれなりの成果を収めたというのは、やはり中曽根さん自身が、基本的には非常に高い能力があったのではないかなと思います。成果を見ますと、私は厳しく60点カスカスと採点しているんだけれど・・・戦後から今日までの総理大臣の中でも、私はまずは出色の総理大臣だったと思います」。
昭和62年9月の、ペルシャ湾安全航行確保のため、交戦海域に自衛艦を派遣すべきか否かという意見対立について。「中曽根さんから私に、海上保安庁から武双した巡視艇、あるいは海上自衛隊の掃海艇を派遣したいという相談がありました。・・・私が言ったのは、ペルシャ湾はすでに交戦海域じゃありませんか、その海域へ日本が武装した艦艇を派遣して、タンカー護衛と称してわれわれの方は正当防衛だと言っても、戦闘行為が始まったときには、こちらが自衛権と言ってみても、相手にすればそれは戦争行為に日本が入ったと理解しますよ、イランかイラクどちらかがね。そうすると、他国の交戦海域まで入っていって、そこで俺は自衛だと言ってみても、それは通りますか、と言った。それがひとつです。もうひとつは、『あなた、これは戦争になりますよ、国民にその覚悟ができていますか、できていないんじゃありませんか、憲法上はもちろん駄目ですよ』と言った。そして、『私は賛成できません、おやめになったらどうですか』と申し上げたんです。しかしなかなか強硬でした。外務省も強硬だし中曽根さんもそうでした。・・・中曽根さんも最後に、それじゃあ後藤田さん、やめます、ということで、これはやめたんです。なぜ私がそこまで強硬に言ったかというと、国民全体がそこまで覚悟ができていない。いざとなったら戦になる。それは憲法の問題にもなりますが、これは日本の根幹部分にも関係するよ、ということが私の頭の中にはあって、これで軽々にアメリカが言うからといってやるべき筋合いではない、ということがひとつです」。今や、こういう信念と骨のある政治家が見当たらいことは、日本の悲劇ですね。
政権獲得について。「私は多くの政界の領袖、特に総理総裁の座を巡っての争いを見てきたわけですが、人によって、そしてまた仮に政権の座に就いてみても、こういったトップの座に上がるという人は、強い運の下でなければなかなか頂点の座には就けない。就いてもうまくいかない、ということで、政治家と運命、運勢というものを私自身強く感じます」。
憲法改正について、改正論者の主張は、今の憲法は自主ではないというんでしょうと問いかけられて、こう答えています。「マッカーサー憲法だと言うわけです。しかし僕の考え方では、マッカーサー憲法と言っても、それは平和主義なり、基本的な人権なり国際協調なり、ある意味における普遍的な価値というものは、日本の中に定着しておるのではないか、だから、マッカーサーが作ったんだから変えるという時代はもはや過ぎたのではないかと。こういった価値を基本にしながら、どういうことで新しい憲法を作るのか。・・・自主憲法を言う人たちの頭の中に持っているのは、再軍備ではないか、それには僕は反対だと言っているわけです」。戦争反対、憲法改正反対という後藤田の固い信念が鮮明に表現されています。
後藤田自身については、「『理』の官僚から『情』の政治家に自己革新を遂げた」と述懐しています。
現在の政治家全員に拳々服膺してもらいたい書物です。
昭和26年、朝鮮戦争の最中にダグラス・マッカーサーが国連軍司令官を解任されたことについて尋ねられて、こう答えています。「まさに政治が軍人を支配しているという印象でしたな。とてもあれだけの戦争の功労者を、トルーマンという選挙を経ていない大統領、大統領が死んで副大統領から昇格した人が、マッカーサーの首が切れるなんていうことは、やはりアメリカという国は素晴らしい国だという気がしました、率直に言って。ぼくらの常識では切れない。選挙を経た大統領であれば別だけれど、選挙の洗礼を受けていない人ですね。偉いなあという気がしたね。そして、軍人はひとことも文句を言わなかったな」。マッカーサーを解任したのは、トルーマンが大統領選挙に勝利した後のことだから、一部、後藤田に勘違いがあったようだが、この一節から、後藤田がアメリカの凄さを実感したことが生き生きと伝わってきます。
田中角栄について。「僕は田中角栄先生の子分だと今でもいう人がたくさんおりまして、まさにその通りだけれど。説明して陳情するときに、あの人ぐらい早く中身を飲み込む人はいない。理解が早い、そして即決する。わかった、と言ったら必ず実行してくれている。どれで難しいことになると、あの人は、できない、とは言わないんだね。『それは後藤田君、難しいぞ、しかしやってみるわ』と言う。それでやってくれる。あの人は見通しが確かなものだから、難しいぞ、というときはできないことが多い。できることもある。必ず努力してくれる。そして必ず結果の報告が事前にある。この人ぐらい頼りになる人はなかったね」。
岸信介の総理就任について。「僕は個人的には、戦犯容疑で囚われておった人が日本の内閣の首班になるというのは一体どうしたことかという率直な疑問を持ちました。文字通り統制経済の総本山の方ですよね。そして中央集権主義的な行政のあり方、政治の主張、これを色濃く持っている方ですから。私はたまさか課長から局長のとき、あの人の幹事長時代にお会いしたことがありまして、大変な素晴らしい能力の方だという印象を持つとともに、率直なところ、いま言ったような気持ちを持っていました。これは、戦争に対する反省がないからです。それが、いまにいたるまでいろいろな面で尾を引いている。・・・ですから、岸さんが総理になったときは、これはいかがなものか、と思いました」。現在の安倍政権のやり様を予言しているかのような発言です。
福田赴夫と田中角栄の人柄について。「両方とも好きだな。片方は役人上がりだし、片方は天衣無縫で天才的なひらめきの人ですから、まるきり違う。だけれども両方とも人を惹きつけるところがあった。福田さんもひょうひょうとして人を惹きつけるところがありましたよね。あれはいい人だな、と思うね、僕は。話が非常にしやすい人。田中さんとまったく同じだ。・・・福田さんは温かい感じがする人だな。だから僕は野沢の福田さんの家にはときどき行きましたよ」。二人の一番違う点は、と問われて、「片方は、すべて話に飛躍がない、というよりは論理的に行くね。片方はパッパッと飛躍する。それが見当違いにならないんだ、角さんは。僕らからみると奇想天外の発想をすることがあるな。よく考えてみるとなるほどなという感じだね。福田さんの方は理詰めの話ですね。それで非常に温かみがある人だ。やはり僕は政治家の中では優れた人だと思うな」、
田中角栄の中曽根康弘評について。「私が選挙に初めて当選した昭和51年から52年頃には、中曽根さんが総理総裁になれるという声はほとんどなかったんです。派閥の長ではありましたけれどね。それなのに、僕が田中さんに、『中曽根さんは総理大臣になれますかいな』と聞いたところ、『それはきみ、三木君がなったんだよ、中曽根君はなれるよ』と言下に言った。しかし、その時はこうも言ってました。『総理大臣というものは、なりたいと思ってなれるポストではないよ、これは運がつきまとうな』と。ということは、田中さん自身は、やはり同期生として中曽根さんをずっと見続けていますから、派閥としては対立する派閥だったけれども、中曽根さんを評価しておったということは間違いありませんね」。
後藤田自身の中曽根評について。「少数の派閥で党内基盤は弱いんですよ。にもかかわらず、5年間という、佐藤内閣、吉田内閣に次ぐ戦後長期の内閣の記録を作ってそれなりの成果を収めたというのは、やはり中曽根さん自身が、基本的には非常に高い能力があったのではないかなと思います。成果を見ますと、私は厳しく60点カスカスと採点しているんだけれど・・・戦後から今日までの総理大臣の中でも、私はまずは出色の総理大臣だったと思います」。
昭和62年9月の、ペルシャ湾安全航行確保のため、交戦海域に自衛艦を派遣すべきか否かという意見対立について。「中曽根さんから私に、海上保安庁から武双した巡視艇、あるいは海上自衛隊の掃海艇を派遣したいという相談がありました。・・・私が言ったのは、ペルシャ湾はすでに交戦海域じゃありませんか、その海域へ日本が武装した艦艇を派遣して、タンカー護衛と称してわれわれの方は正当防衛だと言っても、戦闘行為が始まったときには、こちらが自衛権と言ってみても、相手にすればそれは戦争行為に日本が入ったと理解しますよ、イランかイラクどちらかがね。そうすると、他国の交戦海域まで入っていって、そこで俺は自衛だと言ってみても、それは通りますか、と言った。それがひとつです。もうひとつは、『あなた、これは戦争になりますよ、国民にその覚悟ができていますか、できていないんじゃありませんか、憲法上はもちろん駄目ですよ』と言った。そして、『私は賛成できません、おやめになったらどうですか』と申し上げたんです。しかしなかなか強硬でした。外務省も強硬だし中曽根さんもそうでした。・・・中曽根さんも最後に、それじゃあ後藤田さん、やめます、ということで、これはやめたんです。なぜ私がそこまで強硬に言ったかというと、国民全体がそこまで覚悟ができていない。いざとなったら戦になる。それは憲法の問題にもなりますが、これは日本の根幹部分にも関係するよ、ということが私の頭の中にはあって、これで軽々にアメリカが言うからといってやるべき筋合いではない、ということがひとつです」。今や、こういう信念と骨のある政治家が見当たらいことは、日本の悲劇ですね。
政権獲得について。「私は多くの政界の領袖、特に総理総裁の座を巡っての争いを見てきたわけですが、人によって、そしてまた仮に政権の座に就いてみても、こういったトップの座に上がるという人は、強い運の下でなければなかなか頂点の座には就けない。就いてもうまくいかない、ということで、政治家と運命、運勢というものを私自身強く感じます」。
憲法改正について、改正論者の主張は、今の憲法は自主ではないというんでしょうと問いかけられて、こう答えています。「マッカーサー憲法だと言うわけです。しかし僕の考え方では、マッカーサー憲法と言っても、それは平和主義なり、基本的な人権なり国際協調なり、ある意味における普遍的な価値というものは、日本の中に定着しておるのではないか、だから、マッカーサーが作ったんだから変えるという時代はもはや過ぎたのではないかと。こういった価値を基本にしながら、どういうことで新しい憲法を作るのか。・・・自主憲法を言う人たちの頭の中に持っているのは、再軍備ではないか、それには僕は反対だと言っているわけです」。戦争反対、憲法改正反対という後藤田の固い信念が鮮明に表現されています。
後藤田自身については、「『理』の官僚から『情』の政治家に自己革新を遂げた」と述懐しています。
現在の政治家全員に拳々服膺してもらいたい書物です。
2013年4月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この方のかつての部下(でいいのかな?)が書いたものなどを読んだことがあります。個人的にはそちらの方が面白かったです。浅間山荘事件などを危機管理の観点から書かれたものでしたが、そちらの方が面白かったです。
2018年3月9日に日本でレビュー済み
NETの発達で内部情報が漏れる。或いは露骨に国粋主義が主張される。異様な世と思うのは、私だけであろうか。そんな中、普段政治史に関心が無かった私が、日本の近現代史関連の本を読み始めた最初の本。御厨氏が後藤田氏にインタビューして執筆した口述筆記の書物。
大学卒業後、当時エリ-トしか入省出来なかった、内務省に入省し、太平洋戦争では台湾へ将校として赴任しており、激戦地での体験は無い。終戦後、神奈川県に赴任し経済部商政課長、後に本省に戻り官吏人生を送くり、田中角栄内閣の官房副長官での辣腕ぶりが語られる迄が上編。
戦後の復興期に政府とGHQが何を為したか、どうして戦犯の岸信介氏が総理になれたか等が、少し触れられています。更に日本の治安を守る為に、法律の草案を作り、警察庁長官として治安維持に努めて来られたpioneerだった事。
特に興味を引いたのは、自衛隊の前身、警察予備隊の創設の件の当り。敗戦後、米国とソビエトとの関係が思わしく無くなる中、朝鮮戦争が勃発し、日本に駐留していた米兵が朝鮮半島に出兵し、日本の防衛が手薄になり、共産化を恐れた米国が、日本の再軍備化?に着手した。又、田中角栄氏が、如何に首相迄昇りつめたか、気配り等信頼のおける内部の人しか知り得ない情報が語られている。
本書は一官僚の目を通した貴重な戦後政治史の読み物。勿論、官僚お得意の身を守る術をお持ちで、真実と異なる恣意的な箇所は否めない。
歴史書ではないが、
岸氏が高官として、満州国に赴任した当時の様子は、作家名新田次郎(本名藤原 寛人)氏が、満州国気象観測所高層気象課長として赴任し、現地に同行した妻、藤原てい氏の満州引き揚げ日記を記した書物「流れる星は生きている 」で知る事が出来ます。宜しかったら、下巻のレビューもご覧下さい。
=追記=2019/01/22
戦後の政治史で外せない人物と云えば、首相では岸信介、田中角栄、参謀としては後藤田正治、野中広務では無いだろうか。人物や思想として好き嫌いがあると思うが、以下の書物は参考になった。興味があれば一読してみては如何だろうか。今の政治家が語っている事は真実であろうか?自らが考える事が出来ると本だと思う。
岸信介著「岸信介回顧録―保守合同と安保改定」広済堂出版
訳600頁の記録書
岸氏を知る上で外せない書物
田中惣五郎著「日本ファシズム史」河出書房新社
田中惣五郎著「北一輝―日本的ファシスト象徴」未来社
野中氏は以下の本が参考になった
御厨 貴 , 牧原 出 編集 「野中広務回顧録」岩波書店
日本国憲法誕生秘話(本当に押し付け憲法か判断材料になる文献)
佐藤達夫著「日本国憲法誕生記―シリーズ戦後史の証言・占領と講和〈4〉」 中公文庫
宮沢喜一著「東京‐ワシントンの密談―シリーズ戦後史の証言・占領と講和〈1〉」 中公文庫
安全保障条約・日米地位協定に就いて
坂元一哉著「日米同盟の絆―安保条約と相互性の模索」有斐閣 米国公文書から日米安保を考察
琉球新報社編「日米地位協定の考え方―外務省機密文書」高文研 貴重な資料
明治期から現代に至るまで、技術の視点で考察した
山本義隆著「近代日本百五十年」近代技術総力体制の破綻 岩波新書
天皇(権威・権力)と組織(政、官、軍)による帝国崩壊の原因を探求し、日本の近現代史を再考察した書物
立花隆著「天皇と東大」上・下巻 文芸春秋社
等は時代的背景や思想が読み取れ面白かった。更に深める為には、参考文献で孫引きするのも良いかも知れ
ない。次は石橋湛山を読もうと思う。まずは、半藤一利著「戦う石橋湛山」筑摩書房を読む予定。
大学卒業後、当時エリ-トしか入省出来なかった、内務省に入省し、太平洋戦争では台湾へ将校として赴任しており、激戦地での体験は無い。終戦後、神奈川県に赴任し経済部商政課長、後に本省に戻り官吏人生を送くり、田中角栄内閣の官房副長官での辣腕ぶりが語られる迄が上編。
戦後の復興期に政府とGHQが何を為したか、どうして戦犯の岸信介氏が総理になれたか等が、少し触れられています。更に日本の治安を守る為に、法律の草案を作り、警察庁長官として治安維持に努めて来られたpioneerだった事。
特に興味を引いたのは、自衛隊の前身、警察予備隊の創設の件の当り。敗戦後、米国とソビエトとの関係が思わしく無くなる中、朝鮮戦争が勃発し、日本に駐留していた米兵が朝鮮半島に出兵し、日本の防衛が手薄になり、共産化を恐れた米国が、日本の再軍備化?に着手した。又、田中角栄氏が、如何に首相迄昇りつめたか、気配り等信頼のおける内部の人しか知り得ない情報が語られている。
本書は一官僚の目を通した貴重な戦後政治史の読み物。勿論、官僚お得意の身を守る術をお持ちで、真実と異なる恣意的な箇所は否めない。
歴史書ではないが、
岸氏が高官として、満州国に赴任した当時の様子は、作家名新田次郎(本名藤原 寛人)氏が、満州国気象観測所高層気象課長として赴任し、現地に同行した妻、藤原てい氏の満州引き揚げ日記を記した書物「流れる星は生きている 」で知る事が出来ます。宜しかったら、下巻のレビューもご覧下さい。
=追記=2019/01/22
戦後の政治史で外せない人物と云えば、首相では岸信介、田中角栄、参謀としては後藤田正治、野中広務では無いだろうか。人物や思想として好き嫌いがあると思うが、以下の書物は参考になった。興味があれば一読してみては如何だろうか。今の政治家が語っている事は真実であろうか?自らが考える事が出来ると本だと思う。
岸信介著「岸信介回顧録―保守合同と安保改定」広済堂出版
訳600頁の記録書
岸氏を知る上で外せない書物
田中惣五郎著「日本ファシズム史」河出書房新社
田中惣五郎著「北一輝―日本的ファシスト象徴」未来社
野中氏は以下の本が参考になった
御厨 貴 , 牧原 出 編集 「野中広務回顧録」岩波書店
日本国憲法誕生秘話(本当に押し付け憲法か判断材料になる文献)
佐藤達夫著「日本国憲法誕生記―シリーズ戦後史の証言・占領と講和〈4〉」 中公文庫
宮沢喜一著「東京‐ワシントンの密談―シリーズ戦後史の証言・占領と講和〈1〉」 中公文庫
安全保障条約・日米地位協定に就いて
坂元一哉著「日米同盟の絆―安保条約と相互性の模索」有斐閣 米国公文書から日米安保を考察
琉球新報社編「日米地位協定の考え方―外務省機密文書」高文研 貴重な資料
明治期から現代に至るまで、技術の視点で考察した
山本義隆著「近代日本百五十年」近代技術総力体制の破綻 岩波新書
天皇(権威・権力)と組織(政、官、軍)による帝国崩壊の原因を探求し、日本の近現代史を再考察した書物
立花隆著「天皇と東大」上・下巻 文芸春秋社
等は時代的背景や思想が読み取れ面白かった。更に深める為には、参考文献で孫引きするのも良いかも知れ
ない。次は石橋湛山を読もうと思う。まずは、半藤一利著「戦う石橋湛山」筑摩書房を読む予定。
2014年6月7日に日本でレビュー済み
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オーラルヒストリーの決定版と言えるのではないか。戦後政治と行政について語ってもらう上で、経歴から言って後藤田氏以上の対象者は存在しないし、後藤田氏はこのオーラルヒストリーのプロジェクトの意義を理解し、実に率直に、かつ詳細に自らの経験を語っており、その結果、本書は戦後政治史の貴重な証言であると同時に後藤田氏の良質な伝記でもあるという2つの顔を持ち合わせたユニークなものに仕上っている。
プライベートについて全く語られておらず、後藤田氏が仕事人間だったことが良く分かる。また、役所の人事(年次や出身校)について異様に詳しく、後藤田氏はやはり一義的には政治家というよりも官僚だったというのが、この上巻を読んだ上での私の率直な感想である。オーラルヒストリーは、このように、語り手のパーソナリティーが滲み出てくるのが面白い。下巻を読むのが今から楽しみ。
プライベートについて全く語られておらず、後藤田氏が仕事人間だったことが良く分かる。また、役所の人事(年次や出身校)について異様に詳しく、後藤田氏はやはり一義的には政治家というよりも官僚だったというのが、この上巻を読んだ上での私の率直な感想である。オーラルヒストリーは、このように、語り手のパーソナリティーが滲み出てくるのが面白い。下巻を読むのが今から楽しみ。
2006年7月6日に日本でレビュー済み
後藤田正晴氏のインタビュー形式の回顧録。当時の考え方などが読み取れる、大変意義のある企画だと思うのですが、一般人向けに文庫として出版する本としては少し疑問があります。
上巻には、戦前からよど号事件くらいまでについて触れられているわけですが、半数くらいの人は当時を知らないわけですよね。この本は、後藤田氏のインタビューを載せているだけなので、当時の時代背景にはほとんど触れられていません。本人には常識でしょうし、インタビュアーである著者も専門家ですから。できれば、もう一分冊くらい増やして、当時の時代背景を補足しながら、話を整理して欲しかった気がします。
…これがオーラルヒストリーだ、と言われてしまえばそれまでかもしれませんが。でも、内容は面白かったです。
上巻には、戦前からよど号事件くらいまでについて触れられているわけですが、半数くらいの人は当時を知らないわけですよね。この本は、後藤田氏のインタビューを載せているだけなので、当時の時代背景にはほとんど触れられていません。本人には常識でしょうし、インタビュアーである著者も専門家ですから。できれば、もう一分冊くらい増やして、当時の時代背景を補足しながら、話を整理して欲しかった気がします。
…これがオーラルヒストリーだ、と言われてしまえばそれまでかもしれませんが。でも、内容は面白かったです。
2014年11月27日に日本でレビュー済み
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後藤田さんが亡くなってしまいましたので、今や貴重な本となりました。